真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
酒の無理強いや酔態を非難し害を説く一方、風流な場での趣も認める。最後は憎めない上戸の姿を愛で、酒への複雑な思いを描く。

🌙現代語対訳
世の中には、理解できないことが多いです。
世には心得ぬことの多きなり。
何かにつけてまず酒を勧め、
ともあるごとには、まづ酒を勧めて、
無理に飲ませることを楽しみとするのは、どういう理由なのか全く分かりません。
強ひ飲ませたるを興とすること、いかなるゆゑとも心得ず。
飲まされている人の顔は、とても耐えられない様子で眉をひそめ、
飲む人の顔、いと堪へがたげに眉をひそめ、
人の見ていない隙に捨てようとしたり、逃げようとしたりします。
人目をはかりて捨てんとし、逃げんとするを
それを捕まえて、引き留め、むやみに飲ませるので、
捕へて、ひきとどめて、すずろに飲ませつれば、
品行方正な人でも、たちまち狂人のようになって、みっともない姿で、
うるはしき人も、たちまちに狂人となりて、をこがましく、
健康な人も、目の前で重病人のようになって、意識を失い倒れ伏します。
息災なる人も、目の前に大事の病者となりて、前後も知らず倒れ伏す。
お祝いの日などは、実にひどいものです。
祝ふべき日などは、あさましかりぬべし。
翌日まで頭が痛く、何も食べられず、気分悪く寝込み、
明くる日まで頭痛く、もの食はず、によひ臥し、
別世界にいるかのように、昨日のことを覚えていません。
生を隔てたるやうにして、昨日のこと覚えず、
公私にわたる大事な務めをすっぽかし、大きな問題となります。
公私の大事を欠きて、わづらひとなる。
他人をこのような目に遭わせるのは、
人をして、かかる目を見すること、
思いやりの心もなく、礼儀にも反しています。
慈悲もなく、礼儀にもそむけり。
こんなつらい目に遭った人が、相手を憎らしく、
かく辛き目にあひたらん人、ねたく、
悔しいと思わないでしょうか。
口惜しと思はざらんや。
「外国にはこんな風習があるそうだ」と、
「人の国にかかる習ひあなり」と、
自分たちとは関係のないこととして伝え聞いたら、
これらになき人ごとにて伝へ聞きたらんは、
奇妙で、不思議に思うに違いありません。
あやしく、不思議に思えぬべし。

他人のこととして見ているだけでも不快です。
人の上にて見たるだに心憂し。
思慮深い様子で、素敵だと思っていた人でも、
思ひ入りたるさまに、心にくしと見し人も、
分別なく笑い騒ぎ、おしゃべりになり、
思ふ所なく笑ひののしり、言葉多く、
烏帽子はゆがみ、着物の紐はほどけ、裾を高くまくりあげて、
烏帽子ゆがみ、紐はづし、脛高くかかげて、
無防備な様子は、いつものその人とは思えません。
用意なき気色、日ごろの人とも思えず。
女性は、額の前髪をかき上げて、
女は、額髪晴れらかにかきやり、
まぶしがることもなく顔をさらして笑い、
まばゆからず顔うちささげてうち笑ひ、
杯を持つ男の手にしなだれかかります。品のない人になると、
盃持てる手に取付き、よからぬ人は、
肴を手づかみで相手の口元に持っていき、自分もそれを食べたりします。
肴取りて口にさし当て、みづからも食ひたる。
みっともない姿です。
さま悪し。

ありったけの声を出して、めいめいが歌ったり踊ったり。
声の限り出だして、おのおの歌ひ舞ひ、
年老いた法師が、呼び出され、
年老いたる法師、召し出されて、
黒く汚れた体を片肌脱ぎにして、目も当てられないほど体をくねらせて見せるのを、
黒く汚き身を肩脱ぎて、目も当
てられずすぢりたるを、
面白がって見ている人まで疎ましく見苦しい。
興じ見る人さへうとましくにくし。
またある人は、自分の自慢話を、
あるはまた、わが身いみじきことども、
延々と話してうんざりさせ、
かたはらいたく言ひ聞かせ、
ある人は泣き上戸になり、身分の低い人たちは、罵り合って喧嘩を始め、
あるは酔ひ泣きし、下ざまの人は、罵りあひ諍ひて、
ひどくて恐ろしいありさまです。
あさましく恐ろし。
恥ずかしく、情けないことばかりが起こり、
恥ぢがましく、心憂きことのみありて、
しまいには、人の物を無理やり奪い取ったり、
果ては許さぬ物ども押し取りて、
縁側や馬、牛車から落ちて、怪我をします。
縁より落ち、馬・車より落ちて、あやまちしつ。
乗り物に乗らない身分の人は、大通りをよろよろと歩き、
物にも乗らぬきはは、大路をよろぼひ行きて、
土塀・門の下などに向かって、口にするのもはばかられるようなことをしでかします。
築地・門の下などに向きて、えもいはぬことどもし散らし、
年老いて袈裟をかけたお坊さんが、子供の肩につかまりながら、
年老い袈裟かけたる法師の、小童の肩をお
さへて、
何を言っているか分からないことを言いながらよろめいている姿は、見るに堪えません。
聞こえぬことども言ひつつよろめきたる、いとかはゆし。

これほどのことをしても、この世やあの世で、
かかることをしても、この世も後の世も、
何か良いことがあるのならまだしも、
益あるべきわざならばいかがはせん、
この世では、過ちが多く、財産を失い、病気を招くだけです。
この世には、あやまち多く、財を失ひ、病をまうく。
「百薬の長」とは言いますが、あらゆる病気は酒からこそ起こるのです。
「百薬の長」とはいへど、よろづの病は酒よりこそおこれ。
「嫌なことを忘れられる」と言いますが、酔った人こそ、
「憂へ忘る」といへど、酔ひたる人ぞ、
過ぎ去ったつらさを思い出して泣くでしょう。
過ぎにし憂さをも思ひ出でて泣くめる。
来世について言うと、酒は人の知恵を失わせ、
後の世は、人の智恵を失ひ、
積み重ねた善行を火のように焼き尽くし、
善根を焼くこと火のごとくして、
悪事を増やし、あらゆる戒律を破って、地獄に落ちます。
悪を増し、よろづの戒を破りて、地獄に落つべし。
「酒を人に無理強いした者は、500回生まれ変わる間、
「酒を取りて人に飲ませたる人、五百生が間、
手の無い者として生まれるだろう」と、お釈迦様は説いておられます。
手無き者に生まる」とこそ、仏は説き給ふなれ。
このように「嫌なものだ」と思う酒ですが、
かく、「うとまし」と思ふものなれど、
自分の意思では止められないと感じる時もあります。
おのづから捨てがたき折もあるべし。
月の夜、雪の朝、桜の花の下などで、
月の夜、雪の朝、花のもとにても、
心静かに語らいながら、杯を出すのは、
心のどかに物語して、盃出だしたる。
あらゆる趣を添えてくれます。
よろづの興をそふるわざなり。
退屈な日に、思いがけず友人が訪ねてきて、
つれづれなる日、思ひのほかに友の入り来て、
用意してくれるのも、心が和みます。
とり行ひたるも、心なぐさむ。
あまり親しくない方の、御簾の奥から、
なれなれしからぬあたりの、御簾の中より、
果物やお酒などが、上品な気配と共に、
御果物・御酒など、よきやうなる気配して、
差し出されるのも、良いものです。
さし出されたる。いとよし。

冬に狭い部屋で、火で何かを炙ったりしながら、
冬狭き所にて、火にてもの煎りなどして、
気心の知れた仲間同士で向かい合って、たくさん飲むのも、とても趣があります。
隔てなき同士さし向ひて、多く飲みたる、いとをかし。
旅先の仮の宿や、野山などで、「何か肴はないかな」などと言いながら、
旅の仮屋、野山などにて、「御肴何がな」など言ひて、
草地に座って飲むのも楽しいものです。
芝の上にて飲みたるもをかし。
お酒にとても弱い人が、強く勧められて、少しだけ飲むのも良いものです。
いたういたむ人の、強ひられて、少し飲みたるも、いとよし。
身分の高い方が、特別に「もう一杯だけ。量が少ないですよ」などと
よき人の、とりわきて、「今一つ。上少なし」など、
おっしゃってくださるのも嬉しいものです。
のたまはせたるも嬉し。
親しくなりたいと思っていた人が、酒好きで、
近付かまほしき人の、上戸にて、
酌み交わすうちに親密になるのも、また嬉しいことです。
ひしひしと慣れぬる。また嬉し。
そう言っても、酒飲みは魅力的で、その罪も許される存在です。
さはいへど、上戸はをかしく、罪許さるる者なり。
酔いつぶれて、朝寝坊しているところを、家の主に
戸を開けられた時に、
酔ひくたびれて、朝寝したる所を、主の引き開けたるに、
慌てふためき、寝ぼけた顔のまま、細く結った髪を突き出し、
まどひて、ほれたる顔ながら、
細き髻さし出だし、
着物もろくに着ないまま抱え持って、引きずって逃げる、
ものも着あへず抱き持ち、ひきしろひて逃ぐる、
裾をつまみ上げた後姿で、
かい取り姿の後手、
毛の生えた細いすねのあたりは、滑稽で愛嬌があります。
毛生ひたる細脛のほど、をかしくつきづきし。

📚古文全文
世には心得ぬことの多きなり。ともあるごとには、まづ酒を勧めて、強ひ飲ませたるを興とすること、いかなるゆゑとも心得ず。
飲む人の顔、いと堪へがたげに眉をひそめ、人目をはかりて捨てんとし、逃げんとするを捕へて、ひきとどめて、すずろに飲ませつれば、うるはしき人も、たちまちに狂人となりて、をこがましく、息災なる人も、目の前に大事の病者となりて、前後も知らず倒れ伏す。
祝ふべき日などは、あさましかりぬべし。明くる日まで頭痛く、もの食はず、によひ臥し、生を隔てたるやうにして、昨日のこと覚えず、公私の大事を欠きて、わづらひとなる。
人をして、かかる目を見すること、慈悲もなく、礼儀にもそむけり。かく辛き目にあひたらん人、ねたく、口惜しと思はざらんや。「人の国にかかる習ひあなり」と、これらになき人ごとにて伝へ聞きたらんは、あやしく、不思議に思えぬべし。
人の上にて見たるだに心憂し。思ひ入りたるさまに、心にくしと見し人も、思ふ所なく笑ひののしり、言葉多く、烏帽子ゆがみ、紐はづし、脛高くかかげて、用意なき気色、日ごろの人とも思えず。女は、額髪晴れらかにかきやり、まばゆからず顔うちささげてうち笑ひ、盃持てる手に取付き、よからぬ人は、肴取りて口にさし当て、みづからも食ひたる。さま悪し。
声の限り出だして、おのおの歌ひ舞ひ、年老いたる法師、召し出されて、黒く汚き身を肩脱ぎて、目も当てられずすぢりたるを、興じ見る人さへうとましくにくし。あるはまた、わが身いみじきことども、かたはらいたく言ひ聞かせ、あるは酔ひ泣きし、下ざまの人は、罵りあひ諍ひて、あさましく恐ろし。恥ぢがましく、心憂きことのみありて、果ては許さぬ物ども押し取りて、縁より落ち、馬・車より落ちて、あやまちしつ。物にも乗らぬきはは、大路をよろぼひ行きて、築地・門の下などに向きて、えもいはぬことどもし散らし、年老い袈裟かけたる法師の、小童の肩をおさへて、聞こえぬことども言ひつつよろめきたる、いとかはゆし。
かかることをしても、この世も後の世も、益あるべきわざならばいかがはせん、この世には、あやまち多く、財を失ひ、病をまうく。「百薬の長」とはいへど、よろづの病は酒よりこそおこれ。「憂へ忘る」といへど、酔ひたる人ぞ、過ぎにし憂さをも思ひ出でて泣くめる。
後の世は、人の智恵を失ひ、善根を焼くこと火のごとくして、悪を増し、よろづの戒を破りて、地獄に落つべし。「酒を取りて人に飲ませたる人、五百生が間、手無き者に生まる」とこそ、仏は説き給ふなれ。
かく、「うとまし」と思ふものなれど、おのづから捨てがたき折もあるべし。
月の夜、雪の朝、花のもとにても、心のどかに物語して、盃出だしたる。よろづの興をそふるわざなり。つれづれなる日、思ひのほかに友の入り来て、とり行ひたるも、心なぐさむ。なれなれしからぬあたりの、御簾の中より、御果物・御酒など、よきやうなる気配して、さし出されたる。いとよし。
冬狭き所にて、火にてもの煎りなどして、隔てなき同士さし向ひて、多く飲みたる、いとをかし。旅の仮屋、野山などにて、「御肴何がな」など言ひて、芝の上にて飲みたるもをかし。いたういたむ人の、強ひられて、少し飲みたるも、いとよし。よき人の、とりわきて、「今一つ。上少なし」など、のたまはせたるも嬉し。近付かまほしき人の、上戸にて、ひしひしと慣れぬる。また嬉し。
さはいへど、上戸はをかしく、罪許さるる者なり。酔ひくたびれて、朝寝したる所を、主の引き開けたるに、まどひて、ほれたる顔ながら、細き髻さし出だし、ものも着あへず抱き持ち、ひきしろひて逃ぐる、かい取り姿の後手、毛生ひたる細脛のほど、をかしくつきづきし。