古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草175|世には心得ぬことの多きなり。ともあるごとには、まづ酒を勧めて・・・

 

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

酒の無理強いや酔態を非難し害を説く一方、風流な場での趣も認める。最後は憎めない上戸の姿を愛で、酒への複雑な思いを描く。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

世の中には、理解できないことが多いです。

にはこころぬことのおおきなり。

何かにつけてまず酒を勧め、

ともあるごとには、まづさけすすめて、

無理に飲ませることを楽しみとするのは、どういう理由なのか全く分かりません。

ませたるをきょうとすること、いかなるゆゑともこころず。

飲まされている人の顔は、とても耐えられない様子で眉をひそめ、

ひとかお、いとへがたげにまゆをひそめ、

人の見ていない隙に捨てようとしたり、逃げようとしたりします。

人目ひとめをはかりててんとし、げんとするを

それを捕まえて、引き留め、むやみに飲ませるので、

とらへて、ひきとどめて、すずろにませつれば、

品行方正な人でも、たちまち狂人のようになって、みっともない姿で、

うるはしきひとも、たちまちに狂人きょうじんとなりて、をこがましく、

健康な人も、目の前で重病人のようになって、意識を失い倒れ伏します。

息災そくさいなるひとも、まえ大事だいじ病者びょうじゃとなりて、前後ぜんごらずたおす。

お祝いの日などは、実にひどいものです。

いわふべきなどは、あさましかりぬべし。

翌日まで頭が痛く、何も食べられず、気分悪く寝込み、

くるまでかしらいたく、ものはず、によひし、

別世界にいるかのように、昨日のことを覚えていません。

しょうへだてたるやうにして、昨日きのうのことおぼえず、

公私にわたる大事な務めをすっぽかし、大きな問題となります。

公私おおやけわたくし大事だいじきて、わづらひとなる。

他人をこのような目に遭わせるのは、

ひとをして、かかるすること、

思いやりの心もなく、礼儀にも反しています。

慈悲じひもなく、礼儀れいぎにもそむけり。

こんなつらい目に遭った人が、相手を憎らしく、

かくからにあひたらんひと、ねたく、

悔しいと思わないでしょうか。

口惜くちおしとおもはざらんや。

「外国にはこんな風習があるそうだ」と、

ひとくににかかるならひあなり」と、

自分たちとは関係のないこととして伝え聞いたら、

これらになきひとごとにてつたきたらんは、

奇妙で、不思議に思うに違いありません。

あやしく、不思議ふしぎおもえぬべし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

他人のこととして見ているだけでも不快です。

ひとうえにてたるだに心憂こころうし。

思慮深い様子で、素敵だと思っていた人でも、

おもりたるさまに、こころにくしとひとも、

分別なく笑い騒ぎ、おしゃべりになり、

おもところなくわらひののしり、言葉ことばおおく、

烏帽子はゆがみ、着物の紐はほどけ、裾を高くまくりあげて、

烏帽子えぼしゆがみ、ひもはづし、はぎたかくかかげて、

無防備な様子は、いつものその人とは思えません。

用意よういなき気色けしきごろのひとともおもえず。

女性は、額の前髪をかき上げて、

おんなは、額髪ひたいがみれらかにかきやり、

まぶしがることもなく顔をさらして笑い、

まばゆからずかおうちささげてうちわらひ、

杯を持つ男の手にしなだれかかります。品のない人になると、

さかずきてるき、よからぬひとは、

肴を手づかみで相手の口元に持っていき、自分もそれを食べたりします。

さかなりてくちにさして、みづからもひたる。

みっともない姿です。

さまし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

ありったけの声を出して、めいめいが歌ったり踊ったり。

こえかぎだして、おのおのうたひ、

年老いた法師が、呼び出され、

年老としおいたる法師ほうしいだされて、

黒く汚れた体を片肌脱ぎにして、目も当てられないほど体をくねらせて見せるのを、

くろきたなかたぎて、

てられずすぢりたるを、

面白がって見ている人まで疎ましく見苦しい。

きょうひとさへうとましくにくし。

またある人は、自分の自慢話を、

あるはまた、わがいみじきことども、

延々と話してうんざりさせ、

かたはらいたかせ、

ある人は泣き上戸になり、身分の低い人たちは、罵り合って喧嘩を始め、

あるはきし、しもざまのひとは、ののしりあひいさかひて、

ひどくて恐ろしいありさまです。

あさましくおそろし。

恥ずかしく、情けないことばかりが起こり、

ぢがましく、心憂こころうきことのみありて、

しまいには、人の物を無理やり奪い取ったり、

てはゆるさぬものどもりて、

縁側や馬、牛車から落ちて、怪我をします。

えんよりち、うまくるまよりちて、あやまちしつ。

乗り物に乗らない身分の人は、大通りをよろよろと歩き、

ものにもらぬきはは、大路おおじをよろぼひきて、

土塀・門の下などに向かって、口にするのもはばかられるようなことをしでかします。

築地ついひじかどしたなどにきて、えもいはぬことどもしらし、

年老いて袈裟をかけたお坊さんが、子供の肩につかまりながら、

年老としお袈裟けさかけたる法師ほうしの、小童こわらわかたをお

さへて、

何を言っているか分からないことを言いながらよろめいている姿は、見るに堪えません。

こえぬことどもひつつよろめきたる、いとかはゆし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

これほどのことをしても、この世やあの世で、

かかることをしても、こののちも、

何か良いことがあるのならまだしも、

えきあるべきわざならばいかがはせん、

この世では、過ちが多く、財産を失い、病気を招くだけです。

このには、あやまちおおく、たからうしなひ、やまいをまうく。

「百薬の長」とは言いますが、あらゆる病気は酒からこそ起こるのです。

百薬ひゃくやくちょう」とはいへど、よろづのやまいさけよりこそおこれ。

「嫌なことを忘れられる」と言いますが、酔った人こそ、

うれわする」といへど、ひたるひとぞ、

過ぎ去ったつらさを思い出して泣くでしょう。

ぎにしさをもおもでてくめる。

来世について言うと、酒は人の知恵を失わせ、

のちは、ひと智恵ちえうしなひ、

積み重ねた善行を火のように焼き尽くし、

善根ぜんごんくことのごとくして、

悪事を増やし、あらゆる戒律を破って、地獄に落ちます。

あくし、よろづのかいやぶりて、地獄じごくつべし。

「酒を人に無理強いした者は、500回生まれ変わる間、

さけりてひとませたるひと五百生ごひゃくしょうかん

 

手の無い者として生まれるだろう」と、お釈迦様は説いておられます。

ものまる」とこそ、ほとけたまふなれ。

このように「嫌なものだ」と思う酒ですが、

かく、「うとまし」とおもふものなれど、

自分の意思では止められないと感じる時もあります。

おのづからてがたきおりもあるべし。

月の夜、雪の朝、桜の花の下などで、

つきゆきあしたはなのもとにても、

心静かに語らいながら、杯を出すのは、

こころのどかに物語ものがたりして、さかずきだしたる。

あらゆる趣を添えてくれます。

よろづのきょうをそふるわざなり。

退屈な日に、思いがけず友人が訪ねてきて、

つれづれなるおもひのほかにともて、

用意してくれるのも、心が和みます。

とりおこなひたるも、こころなぐさむ。

あまり親しくない方の、御簾の奥から、

なれなれしからぬあたりの、御簾みすうちより、

果物やお酒などが、上品な気配と共に、

おん果物くだものなど、よきやうなる気配けはいして、

差し出されるのも、良いものです。

さしいだされたる。いとよし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

冬に狭い部屋で、火で何かを炙ったりしながら、

ふゆせばところにて、にてものりなどして、

気心の知れた仲間同士で向かい合って、たくさん飲むのも、とても趣があります。

へだてなき同士どうしさしひて、おおみたる、いとをかし。

旅先の仮の宿や、野山などで、「何か肴はないかな」などと言いながら、

たび仮屋かりや野山のやまなどにて、「さかななにがな」などひて、

草地に座って飲むのも楽しいものです。

しばうえにてみたるもをかし。

お酒にとても弱い人が、強く勧められて、少しだけ飲むのも良いものです。

いたういたむひとの、ひられて、すこみたるも、いとよし。

身分の高い方が、特別に「もう一杯だけ。量が少ないですよ」などと

よきひとの、とりわきて、「いまひとつ。かみすくなし」など、

おっしゃってくださるのも嬉しいものです。

のたまはせたるもうれし。

親しくなりたいと思っていた人が、酒好きで、

近付ちかづかまほしきひとの、上戸じょうごにて、

酌み交わすうちに親密になるのも、また嬉しいことです。

ひしひしとれぬる。またうれし。

そう言っても、酒飲みは魅力的で、その罪も許される存在です。

さはいへど、上戸じょうごはをかしく、つみゆるさるるものなり。

酔いつぶれて、朝寝坊しているところを、家の主に

戸を開けられた時に、

ひくたびれて、朝寝あさいしたるところを、あるじけたるに、

慌てふためき、寝ぼけた顔のまま、細く結った髪を突き出し、

まどひて、ほれたるかおながら、

ほそもとどりさしだし、

着物もろくに着ないまま抱え持って、引きずって逃げる、

ものもあへずいだち、ひきしろひてぐる、

裾をつまみ上げた後姿で、

かい姿すがた後手うしろで

毛の生えた細いすねのあたりは、滑稽で愛嬌があります。

ひたる細脛ほそはぎのほど、をかしくつきづきし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

📚古文全文

にはこころぬことのおおきなり。ともあるごとには、まづさけすすめて、ませたるをきょうとすること、いかなるゆゑともこころず。

ひとかお、いとへがたげにまゆをひそめ、人目ひとめをはかりててんとし、げんとするをとらへて、ひきとどめて、すずろにませつれば、うるはしきひとも、たちまちに狂人きょうじんとなりて、をこがましく、息災そくさいなるひとも、まえ大事だいじ病者びょうじゃとなりて、前後ぜんごらずたおす。

いわふべきなどは、あさましかりぬべし。くるまでかしらいたく、ものはず、によひし、しょうへだてたるやうにして、昨日きのうのことおぼえず、公私おおやけわたくし大事だいじきて、わづらひとなる。

ひとをして、かかるすること、慈悲じひもなく、礼儀れいぎにもそむけり。かくからにあひたらんひと、ねたく、口惜くちおしとおもはざらんや。「ひとくににかかるならひあなり」と、これらになきひとごとにてつたきたらんは、あやしく、不思議ふしぎおもえぬべし。

ひとうえにてたるだに心憂こころうし。おもりたるさまに、こころにくしとひとも、おもところなくわらひののしり、言葉ことばおおく、烏帽子えぼしゆがみ、ひもはづし、はぎたかくかかげて、用意よういなき気色けしきごろのひとともおもえず。おんなは、額髪ひたいがみれらかにかきやり、まばゆからずかおうちささげてうちわらひ、さかずきてるき、よからぬひとは、さかなりてくちにさして、みづからもひたる。さまし。

こえかぎだして、おのおのうたひ、年老としおいたる法師ほうしいだされて、くろきたなかたぎて、てられずすぢりたるを、きょうひとさへうとましくにくし。あるはまた、わがいみじきことども、かたはらいたかせ、あるはきし、しもざまのひとは、ののしりあひいさかひて、あさましくおそろし。ぢがましく、心憂こころうきことのみありて、てはゆるさぬものどもりて、えんよりち、うまくるまよりちて、あやまちしつ。ものにもらぬきはは、大路おおじをよろぼひきて、築地ついひじかどしたなどにきて、えもいはぬことどもしらし、年老としお袈裟けさかけたる法師ほうしの、小童こわらわかたをおさへて、こえぬことどもひつつよろめきたる、いとかはゆし。

かかることをしても、こののちも、えきあるべきわざならばいかがはせん、このには、あやまちおおく、たからうしなひ、やまいをまうく。「百薬ひゃくやくちょう」とはいへど、よろづのやまいさけよりこそおこれ。「うれわする」といへど、ひたるひとぞ、ぎにしさをもおもでてくめる。

のちは、ひと智恵ちえうしなひ、善根ぜんごんくことのごとくして、あくし、よろづのかいやぶりて、地獄じごくつべし。「さけりてひとませたるひと五百生ごひゃくしょうかんものまる」とこそ、ほとけたまふなれ。

かく、「うとまし」とおもふものなれど、おのづからてがたきおりもあるべし。

つきゆきあしたはなのもとにても、こころのどかに物語ものがたりして、さかずきだしたる。よろづのきょうをそふるわざなり。つれづれなるおもひのほかにともて、とりおこなひたるも、こころなぐさむ。なれなれしからぬあたりの、御簾みすうちより、おん果物くだものなど、よきやうなる気配けはいして、さしいだされたる。いとよし。

ふゆせばところにて、にてものりなどして、へだてなき同士どうしさしひて、おおみたる、いとをかし。たび仮屋かりや野山のやまなどにて、「さかななにがな」などひて、しばうえにてみたるもをかし。いたういたむひとの、ひられて、すこみたるも、いとよし。よきひとの、とりわきて、「いまひとつ。かみすくなし」など、のたまはせたるもうれし。近付ちかづかまほしきひとの、上戸じょうごにて、ひしひしとれぬる。またうれし。

さはいへど、上戸じょうごはをかしく、つみゆるさるるものなり。ひくたびれて、朝寝あさいしたるところを、あるじけたるに、まどひて、ほれたるかおながら、ほそもとどりさしだし、ものもあへずいだち、ひきしろひてぐる、かい姿すがた後手うしろでひたる細脛ほそはぎのほど、をかしくつきづきし。