真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
用事のない訪問や長居は迷惑だが、気の合う人との語らいは別。また、ふらりと立ち寄る短い訪問や手紙はかえって嬉しいと説く。
※阮籍(三国時代の思想家)は、気に入らないと白眼、気に入ると青眼で対応したという。白眼視の語源。

🌙現代語対訳
たいした用事もないのに
さしたることもなくて、
人の家を訪ねるのは、良くないことです。
人のがり行くはよからぬことなり。
用事があって訪問した場合でも、
用ありて行きたりとも、
その用件が済んだら、すぐに帰るべきです。
そのこと果てなば、とく帰るべし。
長居をされるのは、非常に不快なものです。
久しく居たる、いとむつかし。
人と向き合っていると、言葉数が多くなり、
人と向ひたれば、言葉多く、
体も疲れ、心も落ち着きません。
身もくたびれ、心もしづかならず。
様々なことが妨げられて、時間を無駄にするのは、
よろづのことさはりて、時を移す、
お互いにとって得になりません。
互ひのため益なし。
迷惑そうな態度で言うのも感じが悪いものです。
いとはしげに言はんも悪し。
気に入らないことがある場合は、
心づきなきことあらん折は、
はっきりとその旨を伝えたほうが良いでしょう。
なかなかそのよしをも言ひてん。
気が合って心から語り合いたいと思う相手が、
同じ心に向はまほしく思はん人の、
手持ち無沙汰で「もう少し。今日はゆっくりと」
つれづれにて、「いましばし。今日は心しづかに」
などと言ってくれるのであれば、この限りではありません。
など言はんは、この限りにはあらざるべし。
阮籍の青眼は、誰にでもあるのは当然のことです。
阮籍が青き眼、誰もあるべきことなり。
これといった用件もなく、人が訪ねてきて、
そのこととなきに、人の来たりて、
のんびりと話をして帰っていくのは、とても良いものです。
のどかに物語して帰りぬる、いとよし。
また手紙も、「ご無沙汰しておりますので」といった短い挨拶だけを
また文も、「久しく聞こえさせねば」などばかり
書いて送ってくれるのは、たいへん嬉しいものです。
言ひおこせたる、いとうれし。
📚古文全文
さしたることもなくて、人のがり行くはよからぬことなり。用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、とく帰るべし。久しく居たる、いとむつかし。
人と向ひたれば、言葉多く、身もくたびれ、心もしづかならず。よろづのことさはりて、時を移す、互ひのため益なし。いとはしげに言はんも悪し。心づきなきことあらん折は、なかなかそのよしをも言ひてん。
同じ心に向はまほしく思はん人の、つれづれにて、「いましばし。今日は心しづかに」など言はんは、この限りにはあらざるべし。阮籍が青き眼、誰もあるべきことなり。
そのこととなきに、人の来たりて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。また文も、「久しく聞こえさせねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。