真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
宇治の男の下部が酒に酔い、主人の義弟の僧侶を斬りつけ不具にしてしまった。人に酒を飲ませる際の注意を説く話。

🌙現代語対訳
身分の低い者に酒を飲ませることには、よくよく注意すべきである。
下部に酒飲ますることは、心すべきことなり。
さて、宇治に住んでいたある男が、京に住む、具覚房(ぐかくぼう)という
宇治に住み侍けるをのこ、京に、具覚房とて
風流な僧と、義理の弟だったので、
なまめきたる遁世の僧を、小舅なりければ、
親しく付き合っていた。
常に申しむつびけり。
ある時、具覚房を迎えに馬をよこしたところ、
ある時、迎へに馬をつかはしたりければ、
「遠い道のりだ。馬の口取りの者に、
「遥かなるほどなり。口づきのをのこに、
まずは一杯飲ませてやりなさい」と言って、酒を出させた。
まづ一度せさせよ」とて、酒を出したれば、
口取りの男は、勧められるままに、立て続けに飲んでしまった。
さし受けさし受け、よよと飲みぬ。
口取りの男は、太刀を身につけて、頼もしそうだったので、
太刀うちはきて、かひがひしげなれば、
具覚房は安心して、彼を連れて出発した。
頼もしく思えて、召し具して行くほどに、
木幡(京都市宇治市の北部)のあたりまで来た時、多くの兵士を連れた奈良の法師の一行と出会った。
木幡のほどにて、奈良法師の、兵士あまた具してあひたるに、
すると、口取りの男が、一行の前に立ちはだかり、
この男、立ち向ひて、
「日が暮れた山中で、怪しい奴らだ。止まれ!」と言って、いきなり太刀を抜いた。
「日暮れにたる山中に怪しきぞ。止まり候へ」と言ひて、太刀を引き抜きければ、
相手も皆、刀を抜き、矢をつがえるなどした、
人もみな、太刀抜き、矢はげなどしけるを、
具覚房は、手をすり合わせ、「正気もなく酔っぱらっております。
具覚房、手を摺りて、「現し心なく酔ひたる者に候ふ。
なにとぞ、お許しください」と謝ったので、奈良法師たちは、あざ笑いながら通り過ぎていった。
まげて許し給はらん」と言ひければ、おのおの嘲りて過ぎぬ。
口取りの男は、具覚房に向かって、「お坊様は、なんて残念なことをしてくれたのですか。
この男、具覚房にあひて、「御房は口惜しきことし給ひつるものかな。
私は酔ってなどいませんでした。手柄を立てようとしたのに、
をのれ酔ひたること侍らず。高名仕らんとするを、
抜いた太刀を無駄にさせたのだ」と怒り、具覚房を一太刀のもとに斬り倒してしまった。
抜ける太刀、むなしくなし給ひつること」と怒りて、ひた切りに切り落しつ。
そして、「山賊が出た」と大声で叫んだ。
さて、「山だちあり」とののしりければ、
里の人々が駆けつけてくると、「俺こそが山賊だ」と言って、走りかかっては斬りつけた。
里人おこりて出であへば、「われこそ山だちよ」と言ひて、走りかかりつつ切り回りけるを、
大勢で取り押さえ、打ち倒して、縛り上げた。
あまたして手おほせ、打ち伏せて、縛りけり。
一方、具覚房の馬は、血を浴びたまま、宇治の主人の家へと走り込んだ。
馬は血付きて、宇治大路の家に走り入りたり。
主人は驚き、大勢の人を走らせて捜索させたところ、
あさましくて、をのこども、あまた走らかしたれば、
具覚房が、くちなし原で倒れているのが見つかり、担いで連れ帰ってきた。
具覚房はくちなし原にによひ臥したるを、求め出でて、かき持て来つ。
彼は、かろうじて命は助かったものの、腰をひどく斬られており、
からき命生きたれど、腰切り損ぜられて、
不具の身となってしまった。
かたはになりにけり。

📚古文全文
下部に酒飲ますることは、心すべきことなり。
宇治に住み侍けるをのこ、京に、具覚房とてなまめきたる遁世の僧を、小舅なりければ、常に申しむつびけり。
ある時、迎へに馬をつかはしたりければ、「遥かなるほどなり。口づきのをのこに、まづ一度せさせよ」とて、酒を出したれば、さし受けさし受け、よよと飲みぬ。
太刀うちはきて、かひがひしげなれば、頼もしく思えて、召し具して行くほどに、木幡のほどにて、奈良法師の、兵士あまた具してあひたるに、この男、立ち向ひて、「日暮れにたる山中に怪しきぞ。止まり候へ」と言ひて、太刀を引き抜きければ、人もみな、太刀抜き、矢はげなどしけるを、具覚房、手を摺りて、「現し心なく酔ひたる者に候ふ。まげて許し給はらん」と言ひければ、おのおの嘲りて過ぎぬ。
この男、具覚房にあひて、「御房は口惜しきことし給ひつるものかな。をのれ酔ひたること侍らず。高名仕らんとするを、抜ける太刀、むなしくなし給ひつること」と怒りて、ひた切りに切り落しつ。
さて、「山だちあり」とののしりければ、里人おこりて出であへば、「われこそ山だちよ」と言ひて、走りかかりつつ切り回りけるを、あまたして手おほせ、打ち伏せて、縛りけり。馬は血付きて、宇治大路の家に走り入りたり。
あさましくて、をのこども、あまた走らかしたれば、具覚房はくちなし原にによひ臥したるを、求め出でて、かき持て来つ。
からき命生きたれど、腰切り損ぜられて、かたはになりにけり。