古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草129|顔回は、志、人に労をほどこさじとなり・・・

 

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

孔子の弟子である顔回の志を引き、人を苦しめない心の大切さを説く。特に子供の心を傷つける非情さや、心が体に及ぼす影響の大きさを語っている。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

孔子の弟子である顔回は、人に苦労をかけないと、心に決めていました。

顔回がんかいは、こころざしひとろうをほどこさじとなり。

すべて、人間を苦しめること、動物を虐げること、

すべてひとくるしめ、ものしへたぐること、

身分の低い人であっても人の心(気持ち・意思・尊厳)を、奪ってはなりません。

いやしきたみこころざしをも、うばふべからず。

また、幼い子供を、だましたり脅したり、言葉で恥をかかせて、面白がることがあります。

また、いとおさなを、すかしおどし、づかしめて、きょうずることあり。

大人は、本気ではないと分かるので、何とも思いませんが、

おとなしきひとは、まことならねば、ことにもあらずおもへど、

幼い心には、その恐ろしさ、恥ずかしさ、情けない気持ちが身にしみて、

おさなこころには、にしみておそろしく、づかしく、あさましきおもひ、

本当に切実な苦しみとなるでしょう。

まことにせちなるべし。

このように悩ませて喜ぶのは、慈悲の心がある者のすることではありません。

これをなやましてきょうずること、慈悲じひこころにあらず。

大人の喜怒哀楽も、みな実体のないものですが、

おとなしきひとの、よろこび、いかり、かなしび、たのしぶも、みな虚妄こもうなれども、

誰が、実体のあるものとして、執着しないでいられるでしょう。

たれ実有じつうそうぢゃくせざる。

肉体を傷つけることよりも、心を傷つけることの方が、

をやぶるよりも、こころをいたましむるは、

人を損なう度合いは、さらにひどいのです。

ひとをそこなふこと、なほはなはだし。

病気になるのも、多くは心が原因です。

やまいくることも、おおくはこころよりく。

体の外からくる病気は多くありません。

ほかよりたるやまいすくなし。

薬を飲んで、汗を出そうとしても、効果がないことがあっても、

くすりみて、あせもとむるには、しるしなきことあれども、

一度でも恥ずかしいと思ったり、怖いと思ったりすれば、必ず汗をかくことからも、

一旦いったんおそるることあれば、かならあせながすは、

心の作用だということが分かるはずです。

こころのしわざなりといふことをるべし。

凌雲台の額を書いて、高いところに登った恐怖で、白髪になったという話もあります。

凌雲りょううんがくきて、白頭はくとうひととなりしためし、なきにあらず。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

📚古文全文

顔回がんかいは、こころざしひとろうをほどこさじとなり。すべてひとくるしめ、ものしへたぐること、いやしきたみこころざしをも、うばふべからず。 また、いとおさなを、すかしおどし、づかしめて、きょうずることあり。おとなしきひとは、まことならねば、ことにもあらずおもへど、おさなこころには、にしみておそろしく、づかしく、あさましきおもひ、まことにせちなるべし。これをなやましてきょうずること、慈悲じひこころにあらず。 おとなしきひとの、よろこび、いかり、かなしび、たのしぶも、みな虚妄こもうなれども、たれ実有じつうそうぢゃくせざる。をやぶるよりも、こころをいたましむるは、ひとをそこなふこと、なほはなはだし。 やまいくることも、おおくはこころよりく。ほかよりたるやまいすくなし。くすりみて、あせもとむるには、しるしなきことあれども、一旦いったんおそるることあれば、かならあせながすは、こころのしわざなりといふことをるべし。凌雲りょううんがくきて、白頭はくとうひととなりしためし、なきにあらず。