真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
男が荒れた屋敷の女を忍んで訪ね、夜通し語らう。夜明けの美しい別れの情景が心に残る話。

🌙現代語対訳
荒れてしまった屋敷に、訪れる人もなく、
荒れたる宿の人目なきに、
女性は外出を控える期間だったので、することもなく家にこもっていましたので、
女のはばかることあるころにて、つれづれとこもり居たるを、
「お見舞いしよう」と思ったある男性が、
ある人、「とぶらひ給はん」とて、
夕方の月がおぼろな時刻に、人目を忍んで訪ねて来られました。
夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、
犬が大げさに吠え立てるので、
犬のことことしくとがむれば、
下働きの女が出てきて、「どちらから」と言った。
下衆女の出でて、「いづくよりぞ」といふに、
すぐに取り次ぎをさせて、中へお入りになりました。
やがて案内せさせて、入り給ひぬ。
心細いありさまで、「どうやって暮らしているのだろう」と、とても気の毒に思いました。
心細げなるありさま、「いかで過ぐすらん」と、いと心苦し。
粗末な板敷にしばらく立っておられると、
あやしき板敷に、しばし立ち給へるを、
物静かで若い感じの人が
もてしづめたるけはひの若やかなるして、
「こちらへ」と言うので、
「こなた」といふ人あれば、
開けるのも窮屈そうな引き戸からお入りになりました。
たて開け所狭げなる遣戸よりぞ入り給ひぬる。
部屋の中は、思ったほど殺風景ではありません。
内のさまは、いたくすさまじからず。
奥ゆかしい趣で、灯りは向こうでほのかですが、金属製の器などがきらめいて見えて、
心にくく、火はあなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、
急ごしらえではない香りが漂い、とても心惹かれる暮らしぶりでした。
にはかにしもあらぬ匂ひ、いとなつかしう住みなしたり。
「門をしっかり閉めて。雨が降るかも。お車は門の下に。
「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に。
お供の方はそこで」という声がして、
御供の人はそこそこに」と言へば、
「今夜は、安心して眠れそうね」とひそひそと、
「今宵ぞ、安き寝は寝べかめる」と、うちささめくも、
声をひそめているけれど、距離が近いので、ほのかに聞こえてくる。
忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。
さて、最近のことなどを細やかに語りあううちに、
さて、このほどのことども、細やかに聞こえ給ふに、
夜更けの鶏が鳴きました。
夜深き鳥も鳴きぬ。
過去、そして未来について、心のこもった語らいは続きます。
来し方行末かけて、まめやかなる御物語に、
今度は、鶏が華やかな声でしきりに鳴くので、
この度は、鳥も花やかなる声にうちしきれば、
「夜が明けてしまうのか」と思われましたが、
「明けはなるるにや」と聞き給へど、
まだ夜は深く、急ぐ様子でもないので、
夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、
ゆったり過ごすうちに、隙間から光がもれてきました。
少したゆみ給へるに、隙白くなれば、
名残惜しい言葉を交わして、立ち去ろうとすると、
忘れがたきことなど言ひて、立ち出で給ふに、
梢も庭もすばらしく一面が青くなっていました。
梢も庭もめづらしく青みわたりたる、
4月(現在の5月)ごろの明け方が、美しく趣深かったのを思い出して、
卯月ばかりの曙、艶にをかしかりしを思し出でて、
大きな桂の木が見えなくなるまで、
桂の木の大きなるが隠るるまで、
今でも見送るられるとのことです。
今も見送り給ふとぞ。
📚古文全文
荒れたる宿の人目なきに、女のはばかることあるころにて、つれづれとこもり居たるを、ある人、「とぶらひ給はん」とて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはし たるに、犬のことことしくとがむれば、下衆女の出でて、「いづくよりぞ」といふに、やがて案内せさせて、入り給ひぬ。心細げなるありさま、「いかで過ぐすらん」と、いと心苦し。
あやしき板敷に、しばし立ち給へるを、もてしづめたるけはひの若やかなるして、「こなた」といふ人あれば、たて開け所狭げなる遣戸よりぞ入り給ひぬる。
内のさまは、いたくすさまじからず。心にくく、火はあなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、にはかにしもあらぬ匂ひ、いとなつかしう住みなしたり。「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に。御供の人はそこそこに」と言へば、「今宵ぞ、安き寝は寝べかめる」と、うちささめくも、忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。
さて、このほどのことども、細やかに聞こえ給ふに、夜深き鳥も鳴きぬ。来し方行末かけて、まめやかなる御物語に、この度は、鳥も花やかなる声にうちしきれば、「明けはなるるにや」と聞き給へど、夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、少したゆみ給へるに、隙白くなれば、忘れがたきことなど言ひて、立ち出で給ふに、梢も庭もめづらしく青みわたりたる、卯月ばかりの曙、艶にをかしかりしを思し出でて、桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送り給ふとぞ。