古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草104|荒れたる宿の人目なきに、女のはばかることあるころにて・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

男が荒れた屋敷の女を忍んで訪ね、夜通し語らう。夜明けの美しい別れの情景が心に残る話。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

荒れてしまった屋敷に、訪れる人もなく、

れたる宿やど人目ひとめなきに、

女性は外出を控える期間だったので、することもなく家にこもっていましたので、

おんなのはばかることあるころにて、つれづれとこもりたるを、

「お見舞いしよう」と思ったある男性が、

あるひと、「とぶらひたまはん」とて、

夕方の月がおぼろな時刻に、人目を忍んで訪ねて来られました。

夕月夜ゆうづくよのおぼつかなきほどに、しのびてたづねおはしたるに、

犬が大げさに吠え立てるので、

いぬのことことしくとがむれば、

下働きの女が出てきて、「どちらから」と言った。

下衆女げすおんなでて、「いづくよりぞ」といふに、

すぐに取り次ぎをさせて、中へお入りになりました。

やがて案内あないせさせて、たまひぬ。

心細いありさまで、「どうやって暮らしているのだろう」と、とても気の毒に思いました。

心細こころぼそげなるありさま、「いかでぐすらん」と、いと心苦こころぐるし。

粗末な板敷にしばらく立っておられると、

あやしき板敷いたじきに、しばしたまへるを、

物静かで若い感じの人が

もてしづめたるけはひのわかやかなるして、

「こちらへ」と言うので、

「こなた」といふひとあれば、

開けるのも窮屈そうな引き戸からお入りになりました。

たて所狭ところせげなる遣戸やりどよりぞたまひぬる。

部屋の中は、思ったほど殺風景ではありません。

うちのさまは、いたくすさまじからず。

奥ゆかしい趣で、灯りは向こうでほのかですが、金属製の器などがきらめいて見えて、

こころにくく、はあなたにほのかなれど、もののきらなどえて、

急ごしらえではない香りが漂い、とても心惹かれる暮らしぶりでした。

にはかにしもあらぬにおひ、いとなつかしうみなしたり。

「門をしっかり閉めて。雨が降るかも。お車は門の下に。

かどよくさしてよ。あめもぞる。御車みくるまかどしたに。

お供の方はそこで」という声がして、

御供おんともひとはそこそこに」とへば、

「今夜は、安心して眠れそうね」とひそひそと、

今宵こよいぞ、やすべかめる」と、うちささめくも、

声をひそめているけれど、距離が近いので、ほのかに聞こえてくる。

しのびたれど、ほどなければ、ほのこゆ。

さて、最近のことなどを細やかに語りあううちに、

さて、このほどのことども、こまやかにこえたまふに、

夜更けの鶏が鳴きました。

夜深よぶかとりきぬ。

過去、そして未来について、心のこもった語らいは続きます。

かた行末ゆくすえかけて、まめやかなる御物語おんものがたりに、

今度は、鶏が華やかな声でしきりに鳴くので、

このたびは、とりはなやかなるこえにうちしきれば、

「夜が明けてしまうのか」と思われましたが、

けはなるるにや」とたまへど、

まだ夜は深く、急ぐ様子でもないので、

夜深よぶかいそぐべきところのさまにもあらねば、

ゆったり過ごすうちに、隙間から光がもれてきました。

すこしたゆみたまへるに、ひましろくなれば、

名残惜しい言葉を交わして、立ち去ろうとすると、

わすれがたきことなどひて、たまふに、

梢も庭もすばらしく一面が青くなっていました。

こずえにわもめづらしくあおみわたりたる、

4月(現在の5月)ごろの明け方が、美しく趣深かったのを思い出して、

卯月うづきばかりのあけぼのえんにをかしかりしをおぼでて、

大きな桂の木が見えなくなるまで、

かつらおおきなるがかくるるまで、

今でも見送るられるとのことです。

いま見送みおくたまふとぞ。

📚古文全文

れたる宿やど人目ひとめなきに、おんなのはばかることあるころにて、つれづれとこもりたるを、あるひと、「とぶらひたまはん」とて、夕月夜ゆうづくよのおぼつかなきほどに、しのびてたづねおはし たるに、いぬのことことしくとがむれば、下衆女げすおんなでて、「いづくよりぞ」といふに、やがて案内あないせさせて、たまひぬ。心細こころぼそげなるありさま、「いかでぐすらん」と、いと心苦こころぐるし。
あやしき板敷いたじきに、しばしたまへるを、もてしづめたるけはひのわかやかなるして、「こなた」といふひとあれば、たて所狭ところせげなる遣戸やりどよりぞたまひぬる。
うちのさまは、いたくすさまじからず。こころにくく、はあなたにほのかなれど、もののきらなどえて、にはかにしもあらぬにおひ、いとなつかしうみなしたり。「かどよくさしてよ。あめもぞる。御車みくるまかどしたに。御供おんともひとはそこそこに」とへば、「今宵こよいぞ、やすべかめる」と、うちささめくも、しのびたれど、ほどなければ、ほのこゆ。
さて、このほどのことども、こまやかにこえたまふに、夜深よぶかとりきぬ。かた行末ゆくすえかけて、まめやかなる御物語おんものがたりに、このたびは、とりはなやかなるこえにうちしきれば、「けはなるるにや」とたまへど、夜深よぶかいそぐべきところのさまにもあらねば、すこしたゆみたまへるに、ひましろくなれば、わすれがたきことなどひて、たまふに、こずえにわもめづらしくあおみわたりたる、卯月うづきばかりのあけぼのえんにをかしかりしをおぼでて、かつらおおきなるがかくるるまで、いま見送みおくたまふとぞ。