真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたいシリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
川の流れや水の泡を例に、人も住まいも常に移ろいゆくものであるという無常観を説く。華やかな都でさえ例外ではなく、全ては儚いという本作の主題が示される。

🌙現代語対訳
流れていく川の流れは絶えませんが、それでいて元の水ではありません。
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどんでいる所に浮かぶ水の泡は、
よどみに浮ぶうたかたは、
あるものは消え、あるものはでき、長くとどまっていることはないのです。
かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
この世に生きる人とその住まいも、またこれと同じようなものです。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
立派な都の中で、家が棟を並べ屋根を競い合っています。
玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、
身分の高い人から低い人まで、住まいは、代々受け継がれて尽きることはないように見えますが、
たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、
これが本当かと聞いてみると、昔からあった家は少ないのです。
これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
ある家は去年焼けて今年は建てられ、
或はこぞ破れてことしは造り、
またある大きな家はなくなって小さな家になっています。
あるは大家ほろびて小家となる。
住んでいる人も、これと同じです。
住む人もこれにおなじ。
場所は同じで、人も大勢いますが、
所もかはらず、人も多かれど、
昔に見知った人は、二、三十人のうちでほんの一人か二人くらいしかいません。
いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に亡くなり、夕方には生まれるという世の習いは、
あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、
まさしく水の泡のようなものです。
たゞ水の泡にぞ似たりける。
📚古文全文
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。
【出典および補足】
原文:方丈記 (國文大觀) 作者:鴨長明 建曆二年(1212年)
出典:ウィキソース、https://ja.wikisource.org/wiki/方丈記 (國文大觀)
挿絵:方丈記絵巻(三康文化研究所附属三康図書館所蔵)
出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100449058
現代語訳:ざっくり研究所 都築輝繁 (2025年)
・この章の区切りとタイトルは、内容に応じて独自に設定しました。
・一行ごとの対訳、ふりがなは、読解の助けとなるよう独自に設定したものです。