徒然草007|あだし野の露、消ゆる時なく・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
無常であるからこそ世は趣深い。長生きは恥が多く、欲深くなるだけなので、四十歳になる前に死ぬのが見苦しくなくて良い。

🌙現代語対訳
もしこの世が、墓地の露が消えることもなく、
あだし野の露、消ゆる時なく、
火葬場の煙が、立ち上ることもないような、寿命を全うできる世界だったとしたら、
鳥部山の烟、立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、
どれほど趣がなくなってしまうことでしょう。
いかにもののあはれも無からん。
この世は、定めなく移ろいゆくからこそ、しみじみと素晴らしいのです。
世は定めなきこそ、いみじけれ。
生き物を見渡すと、人間ほど長生きなものはいません。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。
カゲロウは夕方を待って死に、夏の蝉ようには春秋を知らないものもいるのです。
かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。
それに比べ、人間は一年を過ごせるだけでも、この上なく穏やかなことです。
つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。
それでも満足できずに命を惜しむなら、たとえ千年生きても、
飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも、
それは儚い一夜の夢のように感じられるでしょう。
一夜の夢の心地こそせめ。
永遠には生きられないこの世で、醜い姿になるまで長生きして、何の意味があるというのでしょうか。
住み果てぬ世に、みにくき姿を待ち得て、何にかはせん。
長生きをすれば、それだけ恥をかく機会も多くなります。
命長ければ辱多し。
生きるとしても、四十歳になる前に死ぬのが、見苦しくなくて良いでしょう。
長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。
その年頃を過ぎてしまうと、自分の老いた容姿を恥じる気持ちも薄れ、
そのほど過ぎぬれば、形を恥づる心もなく、
むやみに人と交際したがるようになり、
人に出で交らはんことを思ひ、
人生の終盤になっても子や孫に執着し、将来栄えるまで見届けたいと長生きを願い、
夕べの陽に子孫を愛して、栄ゆく末を見んまでの命をあらまし、
ただひたすらに現世への欲が深くなるばかりで、
ひたすら世をむさぼる心のみ深く、
物事のしみじみとした趣も感じなくなっていくのは、何とも嘆かわしいことです。
もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。
📚古文全文
あだし野の露、消ゆる時なく、鳥部山の烟、立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれも無からん。世は定めなきこそ、いみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世に、みにくき姿を待ち得て、何にかはせん。
命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。そのほど過ぎぬれば、形を恥づる心もなく、人に出で交らはんことを思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、栄ゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。