真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
身分に関わらず子はいない方が良いとし、高貴な人々が子孫の断絶を願った例をあげています。隠遁生活の兼好は「落ちぶれた子孫」のひとりかもしれない。

🌙現代語対訳
自分の身分が高い場合はもちろん、
わが身のやんごとなからんにも、
ましてや取るに足らない低い身分であればなおさらのこと、
まして、数ならざらんにも、
子供というものはいないほうが良いでしょう。
子といふもの、無くてありなん。
昔、兼明親王や九条太政大臣、花園左大臣といった高貴な方々は、
みな自分の一族が途絶えることを願われたといいます。
みな族絶えんことを願ひ給へり。
染殿大臣も「子孫がいないのは良いことです。
染殿大臣も、「子孫おはさぬぞ、良く侍る。
自分の死後に子孫が落ちぶれていくのは、つらいことですから」と、
末のおくれ給へるは、悪きことなり」とぞ、
『大鏡』の中で語られています。
世継の翁の物語には言へる。
また、聖徳太子が生前にご自分のお墓を造らせた時も、
聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、
「(墓の設計で)ここを切り、あそこを断つのは、
「ここを切れ、かしこを断て。
私が子孫を持たないようにと願っているからだ」とおっしゃったと伝えられています。
子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。
📚古文全文
わが身のやんごとなからんにも、まして、数ならざらんにも、子といふもの、無くてありなん。
前中書王・九条太政大臣・花園左大臣、みな族絶えんことを願ひ給へり。染殿大臣も、「子孫おはさぬぞ、良く侍る。末のおくれ給へるは、悪きことなり」とぞ、世継の翁の物語には言へる。
聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、「ここを切れ、かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。