古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草236|丹波に出雲といふ所あり。大社を移して、めでたく造れり。・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

後ろ向きの狛犬を深い謂れ有りと早合点し感動した聖人。真相は子供のいたずらで、知ったかぶりの滑稽さを描く。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

丹波の国に出雲という所があります。出雲の国の出雲大社を移して、立派に造られています。

丹波たんば出雲いづもといふところあり。大社おおやしろうつして、めでたくつくれり。

しださんという人が管理する所だったので、秋の頃、聖海上人が、

しだのなにがしとかやところなれば、あきのころ、聖海しょうかい上人しょうにん

他の人々も大勢誘って、「さあ、ご一緒に。出雲にお参りしましょう。

そのほかもひとあまたさそひて、「いざたまへ。出雲いづもおがみに。

ぼたもちをご馳走しますよ」と言って、連れて行ったところ、

かいもちひさせん」とて、しもてきたるに、

それぞれお参りを済ませ、たいそう敬虔な気持ちになりました。

おのおのおがみて、ゆゆしくしんおこしたり。

さて、御前にある獅子・狛犬が、反対に後ろ向きに立っていたので、

御前おんまえなる獅子しし狛犬こまいぬ、そむきてうしろざまにちたりければ、

上人はひどく感動して、

上人しょうにん、いみじくかんじて、

「ああ素晴らしい。この獅子の立ち方は、実に珍しい。

「あなめでたや。この獅子ししちやう、いとめづらし。

深い謂れがあるのだろう」と涙ぐんで、

ふかきゆゑあらん」となみだぐみて、

「皆さん、素晴らしいことに、お気づきになりませんか。

「いかに殿とのばら、殊勝しゅしょうことは、御覧ごらんじとがめずや。

なんということだ」と言うと、皆も不思議に思って、

無下むげなり」といへば、おのおのあやしみて、

「本当に、他とは違っている。都への土産話にしよう」

「まことに、ほかにことなりけり。みやこのつとにかたらん」

などと言うと、上人は、ますます知りたくなって、

などふに、上人しょうにん、なほゆかしがりて、

年配で、事情を知っていそうな神官を呼び、

おとなしく、物知ものしりぬべきかおしたる神官じんぐわんびて、

「この御社の獅子の置き方には、

「この御社おんやしろ獅子ししてられやう、

きっと特別な謂れがあることでしょう。お聞かせ願えませんか」

さだめてならひあることにはべらん。ちとうけたまはらばや」

と言うと、

はれければ、

「そのことですか。いたずらな子供たちがやったことで。

「そのことにそうろふ。さがなきわらべどものつかまつりける。

けしからんことです」と言って、

奇怪きっかいそうろふことなり」とて、

さっと近寄り、置き直して去ってしまったので、

さしりて、なおしてにければ、

上人の感動の涙は、無駄になってしまったのでした。

上人しょうにん感涙かんるいいたづらになりにけり。

📚古文全文

丹波たんば出雲いづもといふところあり。大社おおやしろうつして、めでたくつくれり。しだのなにがしとかやところなれば、あきのころ、聖海しょうかい上人しょうにん、そのほかもひとあまたさそひて、「いざたまへ。出雲いづもおがみに。かいもちひさせん」とて、しもてきたるに、おのおのおがみて、ゆゆしくしんおこしたり。
御前おんまえなる獅子しし狛犬こまいぬ、そむきてうしろざまにちたりければ、上人しょうにん、いみじくかんじて、「あなめでたや。この獅子ししちやう、いとめづらし。ふかきゆゑあらん」となみだぐみて、「いかに殿とのばら、殊勝しゅしょうことは、御覧ごらんじとがめずや。無下むげなり」といへば、おのおのあやしみて、「まことに、ほかにことなりけり。みやこのつとにかたらん」などふに、上人しょうにん、なほゆかしがりて、おとなしく、物知ものしりぬべきかおしたる神官じんぐわんびて、「この御社おんやしろ獅子ししてられやう、さだめてならひあることにはべらん。ちとうけたまはらばや」とはれければ、「そのことにそうろふ。さがなきわらべどものつかまつりける。奇怪きっかいそうろふことなり」とて、さしりて、なおしてにければ、上人しょうにん感涙かんるいいたづらになりにけり。