真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
僧・道眼は、インド那蘭陀寺(ならんだじ)の門が北向きだという大江匡房の説に対し、典拠がないと指摘。西域記などに見当たらず疑わしいと述べ、学問的な考証の重要性を示唆する。

🌙現代語対訳
宋に渡った僧侶である道眼上人が、一切経を持ち帰り、
入宋の沙門道眼上人、一切経を持来して、
京都の六波羅のあたりにある「やけ野」という所に安置しました。
六波羅のあたり、やけ野といふ所に安置して、
特に首楞厳経というお経を講義し、那蘭陀寺と名付けました。
ことに首楞厳経を講じて、那蘭陀寺と号す。
道眼上人は次のように話しておられました。
その聖の申されしは、
「インドの那蘭陀寺の大門は北向きであると、
「那蘭陀寺は、大門北向きなりと、
大江匡房の説として言い伝えられているけれども、
江帥の説とて言ひ伝へたれど、
玄奘の『大唐西域記』や法顕の『仏国記』などにも見当たりません。他に典拠がありません。
西域伝、法顕伝などにも見えず。さらに所見なし。
大江匡房は、どのような根拠でおっしゃったのか、疑わしいことです。
江帥は、いかなる才覚にてか申されけん、おぼつかなし。
唐にあった西明寺の門が、北向きだったのはもちろんです」といわれました。
📚古文全文
入宋の沙門道眼上人、一切経を持来して、六波羅のあたり、やけ野といふ所に安置して、ことに首楞厳経を講じて、那蘭陀寺と号す。
その聖の申されしは、「『那蘭陀寺は、大門北向きなり』と、江帥の説とて言ひ伝へたれど、西域伝、法顕伝などにも見えず。さらに所見なし。江帥は、いかなる才覚にてか申されけん、おぼつかなし。唐土の西明寺は、北向き勿論なり」と申しき。