徒然草173|小野小町がこと、きはめて定かならず。衰へたるさまは・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
小野小町の晩年を描くという「玉造」。その作者に空海説があるが、活動年代が合わず矛盾している。謎に包まれた小町の生涯について、兼好法師が抱いた疑問を記す。
・小野小町:生没年不詳、810-889年頃活躍

🌙現代語対訳
小野小町については、はっきりしないことが多いです。
小野小町がこと、きはめて定かならず。
老い衰えた様子は、玉造という文章に書かれています。
衰へたるさまは、玉造といふ文に見えたり。
この文章は、三善清行が書いたという説もありますが、
この文、清行が書けりといふ説あれど、
高野大師の御作の目録に入れり。
弘法大師(空海)(774-835年)は承和時代の初めにお亡くなりになっています。
大師は、承和の始めに隠れ給へり。
小町が活躍したのは、それよりも後の時代ではなかったでしょうか。
小町が盛りなること、その後のことにや。
やはり、どうにもはっきりしません。
なほおぼつかなし。
📚古文全文
小野小町がこと、きはめて定かならず。衰へたるさまは、玉造といふ文に見えたり。
この文、清行が書けりといふ説あれど、高野大師の御作の目録に入れり。大師は、承和の始めに隠れ給へり。小町が盛りなること、その後のことにや。なほおぼつかなし。