徒然草168|年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて、・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
老いた専門家は唯一の才で尊敬されるが、「忘れた」と謙遜する方が真の達人に見える。知ったかぶりの大家の話を聞くのは辛い。

🌙現代語対訳
年老いた方で、何か一つのことに優れた才能があり、
年老いたる人の、一事優れたる才のありて、
「この方が亡くなったら、誰に尋ねればよいのだろう」などと言われるのは、
「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、
老いることの味方であり、
老いの方人にて、
人生が無駄ではなかった証しです。
生けるもいたづらならず。
そうはいっても、まるで衰えた部分などないのは、
さはあれど、それもすたれたる所のなきは、
「一生、このことで終わったのだ」と浅はかに見えてしまいます。
「一生、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。
「今はもう忘れてしまいました」と言うくらいが良いでしょう。
「今は忘れにけり」と言ひてありなん。
だいたいは知っていても、むやみやたらに言いふらすと、
大方は知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、
「たいした才能ではないのだろう」と思われますし、
「さばかりの才にはあらぬにや」と聞こえ、
自然と間違いも出てくるものです。
おのづから誤りもありぬべし。
「はっきりとしたことは、分かりません」などと言っていれば、
「さだかにも、わきまへ知らず」など言ひたれば、
かえって「本当にその道の第一人者なのだ」と思われるに違いありません。
なほ、まことに道の主とも思えぬべし。
ましてや、知らないことを、さも知っているかのように、年配で、
まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、
反論などできそうにない身分の人が、言い聞かせてくるのを、
もどきぬべくもあらぬ人の、言ひ聞かするを、
「違うのになあ」と思いながら聞いているのは、情けなくつらいものです。
「さもあらず」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。
📚古文全文
年老いたる人の、一事優れたる才のありて、「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、老いの方人にて、生けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは、「一生、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。
「今は忘れにけり」と言ひてありなん。大方は知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、「さばかりの才にはあらぬにや」と聞こえ、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにも、わきまへ知らず」など言ひたれば、なほ、まことに道の主とも思えぬべし。
まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人の、言ひ聞かするを、「さもあらず」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。