古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草160|門に額かくるを、打つと言ふは良からぬにや・・・

「真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。」

💭ポイント

「額を打つ」「護摩を焚く」など日常語の品のない言い方や誤りを、高貴な人の言葉を引いて指摘し、言葉遣いのあり方を説いている。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

門に看板をかけることを、「打つ」と言うのは良くないのだろうか。

かどがくかくるを、「つ」とふはからぬにや。

勘解由小路二品禅門は、「看板をかける」とおっしゃっていた。

勘解由小路かでのこうじ二品にほん禅門ぜんもんは、「がくかくる」とのたまひき。

「見物のための桟敷席を打つ」という言い方も良くないのだろうか。

見物けんぶつ桟敷さじきつ」もからぬにや。

「天幕を打つ」などは普通なのだが。

平張ひらばりつ」などはつねのことなり。

「桟敷席を構える」などと言うべきだ。

桟敷さじきかまふる」などふべし。

護摩(※サンスクリット語で焼く、焚く、供物を捧げること)を焚く」と言うのも感心しない。

護摩ごまく」とふもわろし。

護摩を修する」「護摩する」などと言うのが正しい。

しゆする」「護摩ごまする」などふなり。

「行法(修行の方法)も、法の字を澄んだ音で言うのは良くない。濁って言う」

行法ぎやうぼふも、ほふみてふ、し。にごりてふ」

と、清閑寺の僧正がおっしゃっていた。

と、清閑寺せいかんじ僧正そうじようおおせられき。

普段言うことには、このようなことが実に多い。

つねふことに、かかることのみおおし。

📚古文全文

かどがくかくるを、「つ」とふはからぬにや。勘解由小路かでのこうじ二品にほん禅門ぜんもんは、「がくかくる」とのたまひき。「見物けんぶつ桟敷さじきつ」もからぬにや。「平張ひらばりつ」などはつねのことなり。「桟敷さじきかまふる」などふべし。「護摩ごまく」とふもわろし。「しゆする」「護摩ごまする」などふなり。「行法ぎやうぼふも、ほふみてふ、し。にごりてふ」と、清閑寺せいかんじ僧正そうじようおおせられき。
つねふことに、かかることのみおおし。