「真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。」
💭ポイント
「額を打つ」「護摩を焚く」など日常語の品のない言い方や誤りを、高貴な人の言葉を引いて指摘し、言葉遣いのあり方を説いている。

🌙現代語対訳
門に看板をかけることを、「打つ」と言うのは良くないのだろうか。
門に額かくるを、「打つ」と言ふは良からぬにや。
勘解由小路二品禅門は、「看板をかける」とおっしゃっていた。
勘解由小路二品禅門は、「額かくる」とのたまひき。
「見物のための桟敷席を打つ」という言い方も良くないのだろうか。
「見物の桟敷打つ」も良からぬにや。
「天幕を打つ」などは普通なのだが。
「平張打つ」などは常のことなり。
「桟敷席を構える」などと言うべきだ。
「桟敷かまふる」など言ふべし。
「護摩(※サンスクリット語で焼く、焚く、供物を捧げること)を焚く」と言うのも感心しない。
「護摩焚く」と言ふも悪し。
「修する」「護摩する」など言ふなり。
「行法(修行の方法)も、法の字を澄んだ音で言うのは良くない。濁って言う」
「行法も、法の字を澄みて言ふ、悪し。濁りて言ふ」
と、清閑寺の僧正がおっしゃっていた。
と、清閑寺僧正仰せられき。
普段言うことには、このようなことが実に多い。
常に言ふことに、かかることのみ多し。
📚古文全文
門に額かくるを、「打つ」と言ふは良からぬにや。勘解由小路二品禅門は、「額かくる」とのたまひき。「見物の桟敷打つ」も良からぬにや。「平張打つ」などは常のことなり。「桟敷かまふる」など言ふべし。「護摩焚く」と言ふも悪し。「修する」「護摩する」など言ふなり。「行法も、法の字を澄みて言ふ、悪し。濁りて言ふ」と、清閑寺僧正仰せられき。
常に言ふことに、かかることのみ多し。