真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
世渡りには時機を知ることが重要。しかし生老病死は時を選ばない。本当に為すべきことは、背後に迫る死を意識して即実行すべきだ。

🌙現代語対訳
世の中でうまくやろうと思う人は、まずタイミングを知らなくてはいけない。
世にしたがはん人は、まづ機嫌を知るべし。
タイミングが悪いと、人は聞く耳を持たず、気分を損ねてしまい、
ついで悪しきことは、人の耳にも逆ひ、心にも違ひて。
そのことはうまくいかない。そうした時と場合を、よくわきまえるべきである。
そのことならず。さやうの折節を心得べきなり。
ただし、病気になること、子どもが生まれること、死ぬことだけは、
ただし、病を受け、子生み、死ぬることのみ、
タイミングを計画できないので、「都合が悪い」と言って止めることはできない。
機嫌をはからず、「ついで悪し」とて止むことなし。
生まれて、生きて、変化して、滅びるという、真に重要なことは、
生住異滅の移り変るまことの大事は、
激しい川の水があふれ流れるようだ。
たけき河のみなぎり流るるがごとし。
わずかな時間もとどまらず、ただちに進んでいくものである。
しばしも滞らず。ただちに行ひゆくものなり。
だから、仏の道に関することであれ、俗世のことであれ、必ずやり遂げようと心に決めたことは、
されば、真俗につけて、必ず果し遂げんと思はんことは、
タイミングがどうだと言ってはならない。あれこれ準備せず、
機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく。
足踏みして留まってはならない。
足を踏みとどむまじきなり。
春が終わって夏になり、夏が過ぎて秋が来る、というわけではない。
春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず。
春のうちからすでに夏の気配が生まれ、夏にはもう秋が来始め、
春はやがて夏の気を催し、夏よりすでに秋は通ひ、
秋はすぐに寒くなり、十月(新暦11月ごろ)には小春日和があったり、
秋はすなはち寒くなり、十月は小春の天気、
草も青くなり、梅も蕾をつける。
草も青くなり、梅もつぼみぬ。
木の葉が落ちるのも、先に葉が落ちてから芽が出るのではない。
木の葉の落つるも、まづ落て芽ぐむにはあらず。
内側から伸びてくる力に耐えきれなくなって、葉が落ちるのだ。
下よりきざしつはるに堪へずして落つるなり。
迎える準備が、内側にできているから、
迎ふる気、下にまうけたるゆゑに、
待ち受けた一連の工程は、きわめて速やかなのだ。
待ちとるついではなはだ早し。
生老病死の変化は、この季節の移り変わり以上に速い。
生老病死の移れるころ、またこれに過ぎたり。
四季にはまだ決まった順序がある。しかし、人が死ぬ時期に決まった順序はない。
四季はなほ定まれるついであり。死期はついでを待たず。
死は前方から来るとか限らず、いつの間にか、背後に迫っている。
死は前よりしも来たらず。かねて後ろに迫れり。
人は、誰もが死ぬことを知っていて、
人、みな死あることを知りて、
待ってはいても、そんなに切迫感がないけれど、思いがけずやって来るのだ。/p>
待つことしかも急ならざるに、思えずして来たる。
沖まで干潟が遠くまで続いていても、岸辺から潮が満ちてくるようなものである。
沖の干潟はるかなれども、磯より潮の満つるがごとし。
📚古文全文
世にしたがはん人は、まづ機嫌を知るべし。ついで悪しきことは、人の耳にも逆ひ、心にも違ひて。そのことならず。さやうの折節を心得べきなり。
ただし、病を受け、子生み、死ぬることのみ、機嫌をはからず、「ついで悪し」とて止むことなし。生住異滅の移り変るまことの大事は、たけき河のみなぎり流るるがごとし。しばしも滞らず。ただちに行ひゆくものなり。
されば、真俗につけて、必ず果し遂げんと思はんことは、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく。足を踏みとどむまじきなり。
春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏よりすでに秋は通ひ、秋はすなはち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ。木の葉の落つるも、まづ落て芽ぐむにはあらず。下よりきざしつはるに堪へずして落つるなり。迎ふる気、下にまうけたるゆゑに、待ちとるついではなはだ早し。
生老病死の移れるころ、またこれに過ぎたり。四季はなほ定まれるついであり。死期はついでを待たず。死は前よりしも来たらず。かねて後ろに迫れり。人、みな死あることを知りて、待つことしかも急ならざるに、思えずして来たる。沖の干潟はるかなれども、磯より潮の満つるがごとし。