古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草138|家にありたき木は、松・桜。松は五葉もよし・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

庭に欲しい木や草花を論じる。珍しく大げさなものより、素朴で馴染み深いものを好む、兼好法師の美意識が示される。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

家に植えておきたい木は、松と桜です。

いへにありたきは、まつさくら

松は五葉松も良いです。

まつ五葉ごえふもよし。

桜の花は一重が良い。

はな一重ひとへなるよし。

八重桜は、奈良の都にしかなかったそうですが、

八重桜やへざくら奈良ならみやこにのみありけるを、

この頃は世間に多くなってきたようです。

このごろぞおほくなりはべるなる。

吉野の桜(桜の名所)も、左近の桜(御所)も、皆一重咲きです。

吉野よしのはな左近さこんさくら、みな一重ひとへにてこそあれ。

八重桜は風変わりなもので、

八重桜やへざくら異様ことやうのものなり。

たいそう大げさでひねくれています。

いとこちたくねぢけたり。

植えなくてもよいでしょう。

ゑずともありなん。

遅咲きの桜も、また興ざめです。

遅桜おそざくら、またすさまじ。

虫が付いているのも不快です。

むしきたるもむつかし。

梅は、白い花か薄紅色の花でしょう。

うめしろき・薄紅梅うすこうばい

一重咲きが早く咲くのも、

一重ひとへなるがとくきたるも、

八重咲きの紅梅の香りが素晴らしいのも、どちらも趣があります。

かさなりたる紅梅こうばいにほひめでたきも、みなをかし。

遅咲きの梅は、桜と時期が重なって、見劣り、

おそうめは、さくらひて、おぼおとり、

圧倒されて、枝にしぼんだように咲いているのは、情けない感じです。

けおされて、えだにしぼみきたる、心憂こころうし。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

「一重咲きが、まず咲いて散っていくのは、潔くて趣深い」

一重ひとへなるが、まづきてりたるは、こころとく、をかし」

と言って、京極入道中納言は、やはり一重の梅を、

とて、京極入道中納言きやうごくにふだうちふなごんは、なほ一重梅ひとへうめをなん、

軒の近くに植えておられました。

のきちかゑられたりける。

京極邸の南向きの場所に、今でも二本あるようです。

京極きやうごく南向みなみむきに、いま二本ふたもとはべるめり。

柳も、また趣深いものです。

やなぎ、またをかし。

四月ごろの楓(かえで)の若葉は、あらゆる花や

卯月うづきばかりの若楓わかかへで、すべてよろづのはな

紅葉(もみじ)にも勝るほど素晴らしいものです。

紅葉もみぢにもまさりて、めでたきものなり。

橘(たちばな)や桂(かつら)は、どちらも木が古びて大きいのが良い。

たちばなかつらいづれはものおほきなるよし。

草花では、山吹、藤、杜若(かきつばた)、撫子(なでしこ)が良いでしょう。

くさ山吹やまぶきふぢ杜若かきつばた撫子なでしこ

池には蓮(はす)です。

いけにははちす

秋の草は、荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、吾亦紅、苅萱、竜胆、菊です。

あきくさをぎすすき桔梗きちかうはぎ女郎花をみなへし藤袴ふぢばかま紫苑しをに吾亦紅われもかう苅萱かるかや竜胆りんだうきく

黄菊も良いです。

黄菊きぎくも。

蔦、葛、朝顔は、どれもあまり高く伸ばさず、

つたくず朝顔あさがほいづれも、いとたかからず、

小さな垣根に、茂りすぎないのげ、良い。

ささやかなるかきにしげからぬ、よし。

これら以外で、世にも珍しい植物や、

このほかの、にまれなるもの

中国風の耳慣れない名前のもの、花も見慣れないものなどは、

からめきたるの、きにくく、はななれぬなど、

全く心惹かれません。

いとなつかしからず。

総じて、何でも珍しくて手に入りにくいものは、

おほかた、なにめづらしくありがたきものは、

水準の低い人が面白がるものです。

よからぬひとのもてきようずるものなり。

そのようなものは、無くてもよいのです。

さやうのもの、くてありなん。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

📚古文全文

いへにありたきは、まつさくらまつ五葉ごえふもよし。はな一重ひとへなるよし。八重桜やへざくら奈良ならみやこにのみありけるを、このごろぞおほくなりはべるなる。吉野よしのはな左近さこんさくら、みな一重ひとへにてこそあれ。八重桜やへざくら異様ことやうのものなり。いとこちたくねぢけたり。ゑずともありなん。遅桜おそざくら、またすさまじ。むしきたるもむつかし。
うめしろき・薄紅梅うすこうばい一重ひとへなるがとくきたるも、かさなりたる紅梅こうばいにほひめでたきも、みなをかし。おそうめは、さくらひて、おぼおとり、けおされて、えだにしぼみきたる、心憂こころうし。「一重ひとへなるが、まづきてりたるは、こころとく、をかし」とて、京極入道中納言きやうごくにふだうちふなごんは、なほ一重梅ひとへうめをなん、のきちかゑられたりける。京極きやうごく南向みなみむきに、いま二本ふたもとはべるめり。
やなぎ、またをかし。卯月うづきばかりの若楓わかかへで、すべてよろづのはな紅葉もみぢにもまさりて、めでたきものなり。たちばなかつらいづれはものおほきなるよし。
くさ山吹やまぶきふぢ杜若かきつばた撫子なでしこいけにははちすあきくさをぎすすき桔梗きちかうはぎ女郎花をみなへし藤袴ふぢばかま紫苑しをに吾亦紅われもかう苅萱かるかや竜胆りんだうきく黄菊きぎくも。つたくず朝顔あさがほいづれも、いとたかからず、ささやかなるかきにしげからぬ、よし。
このほかの、にまれなるものからめきたるの、きにくく、はななれぬなど、いとなつかしからず。おほかた、なにめづらしくありがたきものは、よからぬひとのもてきようずるものなり。さやうのもの、くてありなん。