真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
庭に欲しい木や草花を論じる。珍しく大げさなものより、素朴で馴染み深いものを好む、兼好法師の美意識が示される。

🌙現代語対訳
家に植えておきたい木は、松と桜です。
家にありたき木は、松・桜。
松は五葉松も良いです。
松は五葉もよし。
桜の花は一重が良い。
花は一重なるよし。
八重桜は、奈良の都にしかなかったそうですが、
八重桜は奈良の都にのみありけるを、
この頃は世間に多くなってきたようです。
このごろぞ世に多くなり侍るなる。
吉野の桜(桜の名所)も、左近の桜(御所)も、皆一重咲きです。
吉野の花、左近の桜、みな一重にてこそあれ。
八重桜は風変わりなもので、
八重桜は異様のものなり。
たいそう大げさでひねくれています。
いとこちたくねぢけたり。
植えなくてもよいでしょう。
植ゑずともありなん。
遅咲きの桜も、また興ざめです。
遅桜、またすさまじ。
虫が付いているのも不快です。
虫の付きたるもむつかし。
梅は、白い花か薄紅色の花でしょう。
梅は白き・薄紅梅。
一重咲きが早く咲くのも、
一重なるがとく咲きたるも、
八重咲きの紅梅の香りが素晴らしいのも、どちらも趣があります。
重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、みなをかし。
遅咲きの梅は、桜と時期が重なって、見劣り、
遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、
圧倒されて、枝にしぼんだように咲いているのは、情けない感じです。
けおされて、枝にしぼみ付きたる、心憂し。

「一重咲きが、まず咲いて散っていくのは、潔くて趣深い」
「一重なるが、まづ咲きて散りたるは、心とく、をかし」
と言って、京極入道中納言は、やはり一重の梅を、
とて、京極入道中納言は、なほ一重梅をなん、
軒の近くに植えておられました。
軒近く植ゑられたりける。
京極邸の南向きの場所に、今でも二本あるようです。
京極の屋の南向きに、今も二本侍るめり。
柳も、また趣深いものです。
柳、またをかし。
四月ごろの楓(かえで)の若葉は、あらゆる花や
卯月ばかりの若楓、すべてよろづの花・
紅葉(もみじ)にも勝るほど素晴らしいものです。
紅葉にもまさりて、めでたきものなり。
橘(たちばな)や桂(かつら)は、どちらも木が古びて大きいのが良い。
橘・桂、いづれも木はもの古り大きなるよし。
草花では、山吹、藤、杜若(かきつばた)、撫子(なでしこ)が良いでしょう。
草は山吹・藤・杜若・撫子。
池には蓮(はす)です。
池には蓮。
秋の草は、荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、吾亦紅、苅萱、竜胆、菊です。
秋の草は荻・薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾亦紅・苅萱・竜胆・菊。
黄菊も良いです。
黄菊も。
蔦、葛、朝顔は、どれもあまり高く伸ばさず、
小さな垣根に、茂りすぎないのげ、良い。
ささやかなる垣にしげからぬ、よし。
これら以外で、世にも珍しい植物や、
このほかの、世にまれなる物、
中国風の耳慣れない名前のもの、花も見慣れないものなどは、
唐めきたる名の、聞きにくく、花も見なれぬなど、
全く心惹かれません。
いとなつかしからず。
総じて、何でも珍しくて手に入りにくいものは、
おほかた、何も珍しくありがたきものは、
水準の低い人が面白がるものです。
よからぬ人のもて興ずるものなり。
そのようなものは、無くてもよいのです。
さやうのもの、無くてありなん。

📚古文全文
家にありたき木は、松・桜。松は五葉もよし。花は一重なるよし。八重桜は奈良の都にのみありけるを、このごろぞ世に多くなり侍るなる。吉野の花、左近の桜、みな一重にてこそあれ。八重桜は異様のものなり。いとこちたくねぢけたり。植ゑずともありなん。遅桜、またすさまじ。虫の付きたるもむつかし。
梅は白き・薄紅梅。一重なるがとく咲きたるも、重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、みなをかし。遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、けおされて、枝にしぼみ付きたる、心憂し。「一重なるが、まづ咲きて散りたるは、心とく、をかし」とて、京極入道中納言は、なほ一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。京極の屋の南向きに、今も二本侍るめり。
柳、またをかし。卯月ばかりの若楓、すべてよろづの花・紅葉にもまさりて、めでたきものなり。橘・桂、いづれも木はもの古り大きなるよし。
草は山吹・藤・杜若・撫子。池には蓮。秋の草は荻・薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾亦紅・苅萱・竜胆・菊。黄菊も。蔦・葛・朝顔、いづれも、いと高からず、ささやかなる垣にしげからぬ、よし。
このほかの、世にまれなる物、唐めきたる名の、聞きにくく、花も見なれぬなど、いとなつかしからず。おほかた、何も珍しくありがたきものは、よからぬ人のもて興ずるものなり。さやうのもの、無くてありなん。