真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
ポイント
己の醜さを知り世を捨てた律師は立派だ。自分を知ることこそ賢さであり、身の程知らずの恥は死を忘れた欲心から生じる。

🌙現代語対訳
高倉院の法華堂で修行している、なんとか律師というお坊さんが、
高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とかやいふ者、
ある時、鏡を手に取って、顔をじっと見たところ、
ある時、鏡を取りて、顔をつくづくと見て、
自分の容貌が醜く情けないのを、ひどく嘆き、
わが形の醜く浅ましきことを、あまりに心憂く思えて、
鏡さえも気味悪く感じるようになったので、
鏡さへうとましき心地し ければ、
それ以来、長い間鏡を恐れて、手に取ることさえせず、
その後、長く鏡を恐れて、手にだに取らず、
さらに人との交際もなくなりました。
さらに人に交ることなし。
お堂での勤めだけを果たして引きこもって暮らしたと聞きました。
御堂の勤めばかりにあひて籠り居りたりと聞侍りしこそ、
本当に立派なことだと思います。
ありがたく思えしか。
賢そうな人も、他人のことばかりを評価して、自分自身のことは分かっていません。
賢げなる人も、人の上をのみはかりて、おのれをば知らざるなり。
自分を知らずに、他人を知るなどという道理は、あり得ません。
われを知らずして、ほかを知るといふ理、あるべからず。
ですから、自分自身を知っている人こそ、物事を知っている人と言うべきです。
されば、おのれを知るを、物知れる人と言ふべし。
容貌が醜いことも知らず、心が愚かであることも知らず、
形醜けれども知らず、心の愚かなるをも知らず、
芸が未熟なことも知らず、身分が低いことも、
芸の拙きをもしらず、数ならぬをも知らず、
年老いたことも、病気に侵されていることも、
年の老いぬるをも知らず、病のをかすをも知らず、
死が近いことも、そして自分の専門の道が未熟であることさえも知りません。
死の近きことをも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず、
自分の欠点を知らないのですから、ましてや、他人からの非難は分かるはずがないのです。
身の上の非を知らねば、まして、ほかのそしりを知らず。
ただ、容貌は鏡を見れば分かりますし、年は数えれば分かります。
ただ、形は鏡に見ゆ。年は数へて知る。
自分のことを知らないわけではないけれど、認めたところでどうしようもないので、
わが身のこと知らぬにはあらねど、すべきかたのなければ、
知らないふりをしている、と言った方が正確でしょう。
知らぬに似たりとぞ言はまし。
容貌を変えろ、年齢を若くしろと言っているのではありません。
形を改め、齢を若くせよとにはあらず。
芸が未熟だと知ったなら、どうしてすぐにその場から退かないのですか。
拙きを知らば、なんぞやがて退かざる。
年老いたと知ったなら、どうして静かに隠居して身を楽にしないのですか。
老いぬと知らば、なんぞしづかに身をやすくせざる。
自分の行いが愚かだと知ったなら、どうしてそのことをすぐに反省しないのですか。
行ひ愚かなりと知らば、なんぞ茲を念ふこと茲にあらざる。
総じて、人から好かれもしないのに、人々の中に入っていくのは恥です。
すべて、人に愛楽せられずして、衆に交るは恥なり。
容貌が醜く内気なのに、出仕したり、無知なのに才能ある人々の輪に加わったり、
形醜く心おくれにして、出で仕へ、無智にして大才に交り、
未熟な芸で名人の座に連なったり、白髪頭で、若い人々に混じったりすること。
不堪の芸をもちて堪能の座につらなり、雪の頭をいただきて、盛りなる人に並び、
ましてや、身の丈に合わないことを望み、叶わないことを嘆き、
いはんや、及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、
来ないものを待ち、人を恐れ、人に媚びへつらうのは、
来たらざることを待ち、人に恐れ、人に媚ぶるは、
他人が与える恥ではありません。
人の与ふる恥にあらず。
欲深い心に引きずられて、自分が自分自身を辱めているのです。
貪る心に引かれて、みづから身を恥づかしむるなり。
その欲深い心がなくならないのは、命の終わりという重大なことが、
貪ることの止まざるは、命を終ふる大事、
今ここに迫っていることを、はっきりと自覚していないからです。
今ここに来たれりと、確かに知らざればなり。
📚古文全文
高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とかやいふ者、ある時、鏡を取りて、顔をつくづくと見て、わが形の醜く浅ましきことを、あまりに心憂く思えて、鏡さへうとましき心地し ければ、その後、長く鏡を恐れて、手にだに取らず、さらに人に交ることなし。御堂の勤めばかりにあひて籠り居りたりと聞侍りしこそ、ありがたく思えしか。
賢げなる人も、人の上をのみはかりて、おのれをば知らざるなり。われを知らずして、ほかを知るといふ理、あるべからず。されば、おのれを知るを、物知れる人と言ふべし。
形醜けれども知らず、心の愚かなるをも知らず、芸の拙きをもしらず、数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病のをかすをも知らず、死の近きことをも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず、身の上の非を知らねば、まして、ほかのそしりを知らず。
ただ、形は鏡に見ゆ。年は数へて知る。わが身のこと知らぬにはあらねど、すべきかたのなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。
形を改め、齢を若くせよとにはあらず。拙きを知らば、なんぞやがて退かざる。老いぬと知らば、なんぞしづかに身をやすくせざる。行ひ愚かなりと知らば、なんぞ茲を念ふこと茲にあらざる。
すべて、人に愛楽せられずして、衆に交るは恥なり。形醜く心おくれにして、出で仕へ、無智にして大才に交り、不堪の芸をもちて堪能の座につらなり、雪の頭をいただきて、盛りなる人に並び、いはんや、及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、来たらざることを待ち、人に恐れ、人に媚ぶるは、人の与ふる恥にあらず。貪る心に引かれて、みづから身を恥づかしむるなり。貪ることの止まざるは、命を終ふる大事、今ここに来たれりと、確かに知らざればなり。