古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草130|物に争はず、おのれを枉げて人に従ひ・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

人と争わず、相手を立てることの徳を説く。真に勝ちたいなら学問に励むべきだが、真の学問は争いの無意味さそのものを教える。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

何事においても争わず、自分の意見を曲げても人に従い、

ものあらそはず、おのれをげてひとしたがひ、

自分を後回しにして、人を先に立てるに越したことはありません。

わがのちにして、ひとさきにするにはしかず。

様々な遊びでも、勝ち負けにこだわる人は、

よろづのあそびにも、けをこのひとは、

勝つことで楽しもうとします。

ちてきょうあらんためなり。

自分の技術が優れていることを喜ぶのです。

おのれがげいまさりたることをよろこぶ。

であれば、負けた方はつまらないだろう、ということも分かるはずです。

されば、けてきょうなくおもゆべきこと、またられたり。

「自分が負けて、相手を喜ばせてやろう」と思うなら、

「われけて、ひとよろこばしめん」とおもはば、

今度は自分が全く面白くありません。

さらにあそびのきょうなかるべし。

相手を不本意な気持ちにさせてまで、自分の心を満足させるようなことは、

ひと本意ほいなくおもはせて、わがこころなぐさまんこと、

人としての徳に反します。

とくにそむけり。

親しい仲間内で冗談を言い合う時でさえ、相手をだまして、

むつましきなかたわぶるるも、ひとはかあざむきて、

自分の知恵が優れているといって面白がる人がいますが、

おのれがまさりたることをきょうとす。

これもまた礼儀にかなったことではありません。

これまたれいにあらず。

だから、最初は楽しい宴会から始まったのに、

されば、はじめ興宴きょうえんよりおこりて、

長く続く恨みを買ってしまうような例が多いのです。

ながうらみをむすぶたぐひおおし。

これらはすべて、争いを好むことから生じる過ちです。

これみな、あらそひをこのしつなり。

人に勝ちたいと思うのであれば、

ひとまさらんことをおもはば、

ひたすら学問に励んで、その知恵で人に勝ろうと思うべきです。

ただ学問がくもんして、そのひとまさらんとはおもふべし。

道を学ぶというなら、

みちまなぶとならば、

優れていると自慢せず、仲間と争ってはならないということを知るはずだからです。

ぜんにほこらず、ともがらにあらそふべからずといふことをるべきゆゑなり。

高い地位を辞退し、利益を捨て去ることができるのも、ただ学問の力によるものなのです。

おおきなるしきをもし、をもつるは、ただ学問がくもんちからなり。

📚古文全文

ものあらそはず、おのれをげてひとしたがひ、わがのちにして、ひとさきにするにはしかず。
よろづのあそびにも、けをこのひとは、ちてきょうあらんためなり。おのれがげいまさりたることをよろこぶ。されば、けてきょうなくおもゆべきこと、またられたり。「われけて、ひとよろこばしめん」とおもはば、さらにあそびのきょうなかるべし。ひと本意ほいなくおもはせて、わがこころなぐさまんこと、とくにそむけり。むつましきなかたわぶるるも、ひとはかあざむきて、おのれがまさりたることをきょうとす。これまたれいにあらず。されば、はじめ興宴きょうえんよりおこりて、ながうらみをむすぶたぐひおおし。これみな、あらそひをこのしつなり。
ひとまさらんことをおもはば、ただ学問がくもんして、そのひとまさらんとはおもふべし。みちまなぶとならば、ぜんにほこらず、ともがらにあらそふべからずといふことをるべきゆゑなり。
おおきなるしきをもし、をもつるは、ただ学問がくもんちからなり。