徒然草119|鎌倉の海に、鰹といふ魚は、かの境には・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
昔は捨てられていた鰹が、時代が下ると上流階級でも珍重されるようになったという、価値観の変遷を述べた一節。

🌙現代語対訳
鎌倉の海で獲れる鰹(かつお)という魚は、
鎌倉の海に、鰹といふ魚は、
そのあたりでは、他に並ぶものがないとされ、
かの境には、双なきものにて、
この頃ではもてはやされています。
このごろもてなすものなり。
これについても、鎌倉の老人が言っておりました。
それも、鎌倉の年寄りの申し侍りしは、
「この魚は、我々が若かった頃までは、
「この魚、おのれら若かりし世までは、
きちんとした身分の人の前に出されることはありませんでした。
はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。
頭の部分は、下男でさえ食べずに
頭は下部も食はず。
切り捨てていたものです」と言いました。
切り捨て侍りしものなり」と申しき。
このようなものも、世も末になってくると、
かやうのものも、世の末になれば、
上流階級にまで、入り込むようになるのですね。
上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。
📚古文全文
鎌倉の海に、鰹といふ魚は、かの境には、双なきものにて、このごろもてなすものなり。
それも、鎌倉の年寄りの申し侍りしは、「この魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。頭は下部も食はず。切り捨て侍りしものなり」と申しき。
かやうのものも、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。