徒然草116|寺院の号、さらぬよろづの物にも、名を付くること・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
昔の人は物に平易な名を付けたが、今は才覚を見せようと奇をてらう。珍奇を好むのは知識が浅い者のすることだと指摘する。
🌙現代語対訳
寺院の名前や、それ以外の様々な物に、名前を付けることについて、
寺院の号、さらぬよろづの物にも、名を付くること、
昔の人は、趣向をこらしたりせず、
昔の人は、少しも求めず、
ただありのままに、分かりやすく付けていたものです。
ただありのままに、やすく付けけるなり。
ところがこの頃は、深く考えて、
このごろは、深く案じ、
才能や教養をひけらかそうとしているかのように思われる。
才覚をあらはさんとしたるやうに聞こゆる。
とても嫌な感じです。
いとむつかし。
人の名前にしても、見慣れない漢字を使おうとするのは、
人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、
無意味なことです。
益なきことなり。
何事においても、珍しいことを求めたり、
何事も、めづらしきことを求め、
風変わりな説を好むのは、
異説を好むは、
知識才能が乏しい人が必ずやることだと言われます。
浅才の人の必ずあることなりとぞ。
📚古文全文
寺院の号、さらぬよろづの物にも、名を付くること、昔の人は、少しも求めず、ただありのままに、やすく付けけるなり。
このごろは、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞こゆる。いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なきことなり。
何事も、めづらしきことを求め、異説を好むは、浅才の人の必ずあることなりとぞ。