徒然草109|高名の木登りといひし男、人をおきてて、高き木に登せて・・・
真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
木登り名人の逸話を通し、人は本当に危険な時よりも、安全な領域に入って安心した時にこそ油断して失敗するものだと説く。「油断大敵」という万事に通じる教え。

🌙現代語対訳
木登りの名人と言われた男が、
高名の木登りといひし男、
人を指図しながら、高い木に登らせて、梢の枝を切らせていたところ、
人をおきてて、高き木に登せて、梢を切らせしに、
とても危なっかしく見えた間は何も言わずにいて、
いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、
降りてくる時、軒ぐらいの高さになって、
降るる時に、軒長ばかりになりて、
「失敗するな。気をつけて降りろ」と声をかけたのを、
「誤ちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、
「これくらいの高さなら、飛び降りても降りられるだろうに。
「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。
どうしてそんなことを言うのか」と申しましたところ、
いかにかく言ふぞ」と申し侍りしかば、
「そのことでございます。目がくらむほど高く、枝も危い間は、
「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、
本人が恐れているので何も申しません。失敗というものは、簡単な場所に来てから、
おのれが恐れ侍れば申さず。誤ちは、やすき所になりて、
必ずするものでございます」と言った。
かならず仕ることに候ふ」と言ふ。
身分の低い職人ではあるが、聖人の戒めに通じている。
あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。
蹴鞠も、難しい局面を蹴り出した後、
鞠も、かたき所を蹴出して後、
簡単だと思うと、必ず落としてしまうものだ。
やすく思へば、かならず落つと侍るやらん。
📚古文全文
高名の木登りといひし男、人をおきてて、高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るる時に、軒長ばかりになりて、「誤ちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。いかにかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、おのれが恐れ侍れば申さず。誤ちは、やすき所になりて、かならず仕ることに候ふ」と言ふ。
あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、かたき所を蹴出して後、やすく思へば、かならず落つと侍るやらん。