真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
ポイント
高野の証空上人が馬を堀に落とされ相手を罵倒するが、すぐに我に返り恥じて逃げ去る。その言い争いが何とも尊いという話。怒りという人間的な感情を消し去ることはできないが、それを瞬時に自覚し、深く恥じることができるということに修行の成果を見出しています。

🌙現代語対訳
高野山の証空上人が、京へ向かう途中で、
高野の証空上人、京へ上りけるに、
細い道で、馬に乗った女性とすれ違った際、
細道にて、馬に乗りたる女の行き合ひたりけるが、
馬の口を引いていた男が、手綱さばきを誤り、上人の馬を堀へ落としてしまいました。
口引きける男、悪しく引きて、聖の馬を堀へ落してげり。
上人はひどく腹を立てて、相手をこう咎めました。
聖、いと腹悪しくとがめて、
「これは、前代未聞の乱暴だぞ。
「こは、希有の狼藉かな。
仏弟子の四階級では、男性の僧侶より女性の僧侶は劣り、
四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、
女性僧侶より男性在家は劣り、男性在家より女性在家は劣るのだ。
比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣れり。
そなたのような女性在家の身分でありながら、
かくのごとくの優婆夷などの身にて、
身分の高い僧侶を堀へ蹴り落とさせるとは、聞いたこともない悪行だ!」
比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有の悪行なり」
そのように言われたが、馬を引いていた男は、
と言はれければ、口引きの男、
「いったい何をおっしゃっているのか、さっぱり分かりません」
「いかに仰せらるるやらん。えこそ聞き知らね」
と言います。上人はさらにカッとなり、
と言ふに、上人、なほ息まきて、
「なんという、無知無学なやつ」と荒々しく言いました。
「何と言ふぞ、非修非学の男」と荒らかに言ひて、
「とんでもない暴言を吐いてしまった」と思ったのでしょう、
「きはまりなき放言しつ」と思ひける気色にて、
馬の向きを変えると、逃げるようにその場を去ってしまわれた。
馬引き返して、逃げられにけり。
貴重な言い争いに違いありません。
尊かりける諍ひなるべし。
📚古文全文
高野の証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の行き合ひたりけるが、口引きける男、悪しく引きて、聖の馬を堀へ落してげり。
聖、いと腹悪しくとがめて、「こは、希有の狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣れり。かくのごとくの優婆夷などの身にて、比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有の悪行なり」と言はれければ、口引きの男、「いかに仰せらるるやらん。えこそ聞き知らね」と言ふに、上人、なほ息まきて、「何と言ふぞ、非修非学の男」と荒らかに言ひて、「きはまりなき放言しつ」と思ひける気色にて、馬引き返して、逃げられにけり。
尊かりける諍ひなるべし。