真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💡ポイント
弓の師匠の「二の矢を持つな」という教えを通し、後を頼む怠け心を戒める。今この一瞬に集中することの重要性を説く。

『徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース
🌙現代語対訳
ある人が、弓を射ることを習っていた時のこと。二本の矢を手に挟んで、的に向かいました。
ある人、弓射ることを習ふに、もろ矢をたばさみて的に向ふ。
すると、師匠がこう言いました。「初心者は、二本の矢を持ってはならない。
師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。
二本目の矢があると思うと、最初の矢をいい加減にする気持ちが生まれる。
後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑の心あり。
毎回、ただ『成功も失敗もない。この一本で決めるのだ』と思いなさい」といった。
毎度ただ、『得失なく、この一矢に定むべし』と思へ」と言ふ。
たった二本の矢です。師匠の前で一本をいい加減にしよう」と思うでしょうか。
わづかに二つの矢、師の前にて、一つをおろかにせんとは思はんや。
無意識の気の緩みを、本人は知らなくても、師匠は見抜いているのです。
懈怠の心、みづから知らずといへども、師、これを知る。
この戒めは、あらゆることに通じるでしょう。
この戒め、万事にわたるべし。
仏道を学ぶ人は、夜になれば明日の朝があると思い、
道を学する人、夕には朝あらんことを思ひ、
朝になれば今夜があると思って、
朝には夕あらんことを思ひて、
後でまた念を入れて修行しようと心に決めます。
重ねてねんごろに修せんことを期す。
まして、瞬間瞬間に生まれる気の緩みを、どうして自覚できるでしょうか。
いはんや、一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。
なぜ、今、この瞬間において、すぐに行うということが、これほど難しいのでしょう。
なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることの、はなはだ難き。
📚古文全文
ある人、弓射ることを習ふに、もろ矢をたばさみて的に向ふ。師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑の心あり。毎度ただ、『得失なく、この一矢に定むべし』と思へ」と言ふ。
わづかに二つの矢、師の前にて、一つをおろかにせんとは思はんや。懈怠の心、みづから知らずといへども、師、これを知る。
この戒め、万事にわたるべし。道を学する人、夕には朝あらんことを思ひ、朝には夕あらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。いはんや、一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることの、はなはだ難き。