真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💡ポイント
「赤舌日」を忌むのは根拠のない迷信である。この世は無常なのだから、日の吉凶に惑わされず、自らの行いを正すべきだと説く。

『徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース
🌙現代語対訳
赤舌日(6日に一度の不吉な日)というのは、陰陽道では問題としていません。
赤舌日といふこと、陰陽道には沙汰なきことなり。
昔の人は、この日を忌み嫌っていませんでした。
昔の人、これを忌まず。
近頃になって、誰が言い出して、不吉だとするようになったのでしょうか。
このごろ何者の言ひ出でて、忌み始めけるにか。
「この日にやったことは、最後までうまくいかない」と言って、
「この日あること、末通らず」と言ひて、
その日に言ったことや、やったことが成就せず、
その日、言ひたりしこと、したりしことかなはず、
手に入れたものを失い、計画したことがダメになったと言うのは、馬鹿なことです。
得たりし物は失ひつ、企てたりしことならずと言ふ、愚かなり。
吉日を選んで行ったことで、
吉日を選びてなしたるわざの、
うまくいかなかった例を数えてみれば、きっと同じになるでしょう。
末通らぬを数へてみんも、また等しかるべし。
なぜなら、世の中は常に移り変わり、確かなものは存在しないのです。
そのゆゑは、無常変易の境、有りと見るものも存ぜず、
始まったことが、最後まで続くとは限りません。
始あることも終りなし。
志は遂げられず、欲望は絶えることがなく、人の心は、不安定です。
志は遂げず、望みは絶えず、人の心、不定なり。
万物は幻のようなもので、何一つ、一瞬として同じ状態に留まるものはありません。
ものみな幻化なり。何ごとか、しばらくも住する。
この道理を分かっていないのです。
この理を知らざるなり。
「吉日に悪事を行うのは、悪いに決まっている。
「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。
凶日に善い行いをするのは、良いに決まっている。」という言葉があります。
悪日に善を行ふに、必ず吉なり」といへり。
吉と凶は、その人自身の行いによって決まり、日柄で決まるものではありません。
吉凶は人によりて日によらず。
📚古文全文
赤舌日といふこと、陰陽道には沙汰なきことなり。昔の人、これを忌まず。このごろ何者の言ひ出でて、忌み始めけるにか。「この日あること、末通らず」と言ひて、その日、言ひたりしこと、したりしことかなはず、得たりし物は失ひつ、企てたりしことならずと言ふ、愚かなり。
吉日を選びてなしたるわざの、末通らぬを数へてみんも、また等しかるべし。そのゆゑは、無常変易の境、有りと見るものも存ぜず、始あることも終りなし。志は遂げず、望みは絶えず、人の心、不定なり。ものみな幻化なり。何ごとか、しばらくも住する。この理を知らざるなり。
「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」といへり。吉凶は人によりて日によらず。