真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
法印の召使い乙鶴丸が、想い人について男か法師か問われ、恥ずかしそうに「頭は見ていないので分かりません」と答えた、という滑稽な話。

『徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース
🌙現代語対訳
大納言法印という高僧に仕えていた乙鶴丸という少年が、
大納言法印の召し使ひし乙鶴丸、
「やすら殿」という人と知り合いになり、いつもその人のもとへ通っていました。
やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、
ある時、乙鶴丸が外出から帰ってくると、
ある時、出でて帰り来たるを、
法印が「どこへ行っていたのだ」と尋ねました。
法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、
乙鶴丸は、「やすら殿のもとへ、行っておりました」と答えます。
「やすら殿のがり、まかりて候ふ」と言ふ。
「その、やすら殿というのは、俗世の男か、それとも法師か」と尋ねると、
「そのやすら殿は、男か法師か」と、また問はれて、
乙鶴丸は、袖を合わせながら、
袖かき合はせて、
「さあ、どうでしょうか。頭は見ませんでしたので」と答えました。
「いかが候ふらん。頭をば見候はず」と答へ申しき。
どうして、頭だけが見えなかったのでしょうね。
などか、頭ばかりの見えざりけん。
📚古文全文
大納言法印の召し使ひし乙鶴丸、やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、ある時、出でて帰り来たるを、法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿のがり、まかりて候ふ」と言ふ。
「そのやすら殿は、男か法師か」と、また問はれて、袖かき合はせて、「いかが候ふらん。頭をば見候はず」と答へ申しき。
などか、頭ばかりの見えざりけん。