真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
⛅ポイント
書写山円教寺の性空上人が、煮られる豆と焼かれる豆殻、双方の嘆きの声を聞き取ったという、物事の真理を悟った話。

🌙現代語対訳
書写山円教寺の性空上人は、長年、法華経を読誦した功徳が積もって、
書写の上人は、法華読誦の功積もりて、
六根清浄(感覚が清らかになる)の境地に至った人でした。
六根浄にかなへる人なりけり。
上人が旅の途中で仮の宿に立ち寄ると、
旅の仮屋に立ち入られけるに、
豆殻を燃して、豆(たぶん大豆)を煮る音が、つぶつぶと聞こえてきました。
豆の殻を焚きて、豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、
「我々の仲間であるお前たち(豆殻)が、恨めしいことに、
「踈からぬおのれらしも、恨めしく、
私たちを煮て、こんなに辛い目にあわせるのか」と、上人には聞こえたのです。
われをば煮て、からき目を見するものかな」と言ひけり。
火にくべられてパチパチと燃える豆殻の音が、
焚かるる豆殻の、はらはらと鳴る音は、
「これが、我々の本心からしていることでしょうか。
「わが心よりすることかは。
こうして焼かれるのは、どれほど耐えがたいことか。
焼かるるは、いかばかり堪へがたけれども、
どうすることもできないのです。どうか恨まないでください」と聞こえました。
力なきことなり。かくな恨み給ひそ」とぞ聞こえける。
📚古文全文
書写の上人は、法華読誦の功積もりて、六根浄にかなへる人なりけり。
旅の仮屋に立ち入られけるに、豆の殻を焚きて、豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、「踈からぬおのれらしも、恨めしく、われをば煮て、からき目を見するものかな」と言ひけり。
焚かるる豆殻の、はらはらと鳴る音は、「わが心よりすることかは。焼かるるは、いかばかり堪へがたけれども、力なきことなり。かくな恨み給ひそ」とぞ聞こえける。