真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
ポイント
芋頭を偏愛し、遺産も全て使い果たした盛親僧都。奇行が多く自由奔放だが、その徳の高さから誰にも咎められなかった。

🌙現代語対訳
真乗院という寺に、盛親という、たいそう徳の高い僧侶がいました。
真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。
里芋の芋頭が好きで、たくさん食べていました。
芋頭といふ物を好みて、多く食ひけり。
仏法の説法の席でも、大きな鉢に山盛りにした芋頭を
談義の座にても、大きなる鉢にうづ高く盛りて、
膝のそばに置き、食べながら書物を読みました。
膝もとに置きつつ、食ひながら文をも読みけり。
体の具合が悪くなると、1~2週間ほど
わづらふことあるには、 七日、二七日など、
「治療だ」と言って部屋に籠り、
「療治」とて、こもり居て、
好みの良い芋頭を選んで、特にたくさん食べることによって、
思ふやうに良き芋頭を選びて、ことに多く食ひて、
あらゆる病を治してしまいました。
よろづの病を癒しけり。
他人に食べさせることは決してなく、
人に食はすることなし。
必ず一人だけで食べていました。
ただ一人のみぞ食ひける。
大変貧乏でしたが、師匠が亡くなる際に、
きはめて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、
銭二百貫と坊(僧の住まい)ひとつを譲り受けました。
銭二百貫と坊一つを譲りたりけるを、
すると彼は、坊を百貫で売り払い、
坊を百貫に売りて、
合計三百貫(貫=100疋)をすべて芋頭用と決めました。
かれこれ三万疋を芋頭の銭と定めて、
そのお金を京都の人に預けておき、
京なる人に預け置きて、
そこから十貫ずつ取り寄せて、芋頭が不足しないように食べていたので、
十貫づつ取り寄せて、芋頭を乏しからず召しけるほどに、
他のことには使わず、そのお金はすべてなくなってしまいました。
またこと用にもちふることなくて、その銭、みなになりにけり。
人々は「貧しい身で三百貫を得ながら、
「三百貫の物を貧しき身にまうけて、
このように取り扱うとは、実に得がたい、仏道修行者だ」
かくはからひける、まことにありがたき道心者なり」
と噂したということです。
とぞ、人申しける。
また、この僧都は、ある僧を見て、
この僧都、ある法師を見て、
「しろうるり」というあだ名をつけました。
「しろうるり」といふ名を付けたりけり。
人が「しろうるりとは、一体何ですか」と尋ねると、
「とは、何者ぞ」と、人の問ひければ、
「そんなもの、私も知らない。
「さる物をわれも知らず。
もし存在するならば、きっとこの僧の顔に似ているだろう」
もしあらましかば、この僧の顔に似てん」
と答えたそうです。
とぞ言ひける。
この僧都は、容姿が良く、力も強く、大食漢でした。
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、
書道の名人で、偉大な学者であり、弁舌も、人より優れていました。
能書・学匠・弁説、人にすぐれて、
宗派の法灯(宗派の教義に精通した高僧)でしたから、
宗の法灯なれば、
寺の中でも重んじられていましたが、
寺中にも重く思はれたりけれども、
世間の常識を意に介さない変わり者で、
世を軽く思ひたる曲者にて、
万事において自由奔放、他人に従うということがありませんでした。
よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
公式の宴席に出ても、全員にお膳が行き渡るのを待たず、
出仕して饗膳などにつく時も、みな人の前据ゑわたすを待たず、
自分の前に置かれれば、すぐに一人で食べ始め、
わが前に据ゑぬれば、やがて一人うち食ひて、
帰りたくなれば、さっと一人で立って帰ってしまいました。
帰りたければ、一人つい立ちて行きけり。
定時の食事も、そうでない食事も、人と一緒に食べることはなく、
斎・非時も、人にひとしく定めて食はず。
自分が食べたい時に、夜中でも明け方でも食べました。
わが食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、
眠たくなれば、昼間でも部屋に籠ってしまい、
眠たければ、昼もかきこもりて、
どんなに重要な用件で人が訪ねてきても、全く聞き入れません。
いかなる大事あれども人の言ふこと聞き入れず、
かと思えば、目が覚めている時は、何日も寝ずに、
目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、
心を研ぎ澄ませて詩歌を口ずさみながら歩き回るなど、
心を澄ましてうそぶきありきなど、
その行動は普通ではありませんでしたが、
尋常ならぬさまなれども、
人から嫌われることなく、すべてが許されていました。
人に厭はれず、よろづ許されけり。
よほど徳が、その極みに達していたからなのでしょうか。
徳の至れりけるにや。


📚古文全文
真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。芋頭といふ物を好みて、多く食ひけり。
談義の座にても、大きなる鉢にうづ高く盛りて、膝もとに置きつつ、食ひながら文をも読みけり。わづらふことあるには、 七日、二七日など、「療治」とて、こもり居て、思ふやうに良き芋頭を選びて、ことに多く食ひて、よろづの病を癒しけり。人に食はすることなし。ただ一人のみぞ食ひける。
きはめて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、銭二百貫と坊一つを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋を芋頭の銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、芋頭を乏しからず召しけるほどに、またこと用にもちふることなくて、その銭、みなになりにけり。
「三百貫の物を貧しき身にまうけて、かくはからひける、まことにありがたき道心者なり」とぞ、人申しける。
この僧都、ある法師を見て、「しろうるり」といふ名を付けたりけり。「とは、何者ぞ」と、人の問ひければ、「さる物をわれも知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・弁説、人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
出仕して饗膳などにつく時も、みな人の前据ゑわたすを待たず、わが前に据ゑぬれば、やがて一人うち食ひて、帰りたければ、一人つい立ちて行きけり。斎・非時も、人にひとしく定めて食はず。わが食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、眠たければ、昼もかきこもりて、いかなる大事あれども人の言ふこと聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、尋常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。徳の至れりけるにや。