古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草058|道心あらば、住む所にしもよらじ。家にあり・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

ポイント

本当に仏道を修めるなら、俗世を離れ静かな環境に身を置くべきだ。人として生まれた以上、欲望のままに生きず悟りを求めることが望ましいということで、ヒッピーみたいです。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

「本当に仏道を求める心があるなら、住む場所は関係ない。

道心だうしんあらば、ところにしもよらじ。

家にいて、人付き合いをしながらでも、

いへにあり、ひとまじはるとも、

来世での往生を願うことは、別に難しくないはずだ」

後世ごせねがはんに、かたかるべきかは」

と言うのは、来世のことを分かっていない人です。

ふは、さらに後世ごせらぬひとなり。

実際のところ、この世の儚さを痛感し、

げには、このをはかなみ、

「必ず生死の輪廻から解脱するのだ」と決意した人が、

かなら生死しゃうじでん」とおもはんに、

いったい何の楽しみがあって、朝から晩まで主君に仕えたり、

なんきょうありてか、朝夕あさゆうきみつかへ、

家のことに精を出したりするでしょうか。

いへをかへりみるいとなみのいさましからん。

心は環境に影響されて移ろいやすいものですから、

こころえんかれてうつるものなれば、

静かな場所でなければ、仏道の修行は難しいのです。

しずかならでは、みちぎょうじがたし。

現代人の器の大きさは、昔の人には及びません。

そのうつはもの、むかしひとおよばず。

山林に籠もっても、飢えをしのぎ、

山林さんりんりても、ゑをたすけ、

嵐を防ぐ手立てがなければ、生きてはいけないので、

あらしふせよすがなくては、あられぬわざなれば、

自然と、世俗の利益を貪るようなことも、

おのづからむさぼるにたることも、

場合によっては、しなければならない。

たよりにふればなどかなからん。

だからといって、「世を捨てた甲斐がないじゃないか。それくらいなら、

さればとて、「そむけるかひなし。さばかりならば、

なぜ出家したのだ」などと言うのは、的外れです。

なじかはすてし」などはんは、無下むげことなり。

さすがに、一度仏門に入り、世俗を離れようとする人は、

さすがに、一度ひとたびみちりて、いとはんひと

たとえ世俗的な望みがあったとしても、

たとひのぞみありとも、

権勢を誇る俗人の貪欲さとは比べものになりません。

いきほひあるひと貪欲どんよくおおきにるべからず。

紙の寝具、麻の衣、一杯の食物、アカザの葉の汁といった質素な暮らしが、

かみふすまあさころも一鉢いっぱつのまうけ・あかざあつもの

どれほどの出費が必要でしょうか。

いくばくかひとついえをなさん。

求めるものは少なく、その心はすぐに満たされるはずです。

もとむるところはやすく、そのこころはやりぬべし。

形の上では恥ずべきことがあるにせよ、

かたちづるところもあれば、さはいへど、

悪からは遠ざかり、善に近づくことの方がずっと多いのです。

あくにはうとく、ぜんには近付ちかづくことのみぞおおき。

人間として生まれたからには、

ひとうまれたらんしるしには、

どうにかして俗世から離れることこそが、本当に望ましいのです。

いかにもしてのがれんことこそ、あらまほしけれ。

ひたすら欲望のままに生き、悟りを求めないのは、

ひとへにむさぼることをつとめて、菩提ぼだいにおもむかざらんは、

多くの獣たちと、変わるところがないではありませんか。

よろづの畜類ちくるいはるところあるまじくや。

📚古文全文

道心だうしんあらば、ところにしもよらじ。いへにあり、ひとまじはるとも、後世ごせねがはんに、かたかるべきかは」とふは、さらに後世ごせらぬひとなり。
げには、このをはかなみ、「かなら生死しゃうじでん」とおもはんに、なんきょうありてか、朝夕あさゆうきみつかへ、いへをかへりみるいとなみのいさましからん。こころえんかれてうつるものなれば、しずかならでは、みちぎょうじがたし。
そのうつはもの、むかしひとおよばず。山林さんりんりても、ゑをたすけ、あらしふせよすがなくては、あられぬわざなれば、おのづからむさぼるにたることも、たよりにふればなどかなからん。
さればとて、「そむけるかひなし。さばかりならば、なじかはすてし」などはんは、無下むげことなり。さすがに、一度ひとたびみちりて、いとはんひと、たとひのぞみありとも、いきほひあるひと貪欲どんよくおおきにるべからず。かみふすまあさころも一鉢いっぱつのまうけ・あかざあつもの、いくばくかひとついえをなさん。もとむるところはやすく、そのこころはやりぬべし。かたちづるところもあれば、さはいへど、あくにはうとく、ぜんには近付ちかづくことのみぞおおき。
ひとうまれたらんしるしには、いかにもしてのがれんことこそ、あらまほしけれ。ひとへにむさぼることをつとめて、菩提ぼだいにおもむかざらんは、よろづの畜類ちくるいはるところあるまじくや。