真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
仁和寺の僧侶が宴会の余興で鼎(かなえ、三本脚の儀式用の青銅器)を頭にかぶり、抜けなくなって大騒動に。周りを巻き込み、無理やり抜いて大怪我を負うという滑稽な失敗談。

🌙現代語対訳
これも仁和寺の僧侶の話です。寺に仕える少年が正式な僧侶になるので別れを惜しんで、
これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、
みんなで遊ぶことがありましたが、
おのおの遊ぶことありけるに、
ある僧侶が酔って、面白がるあまり、
酔ひて、興に入るあまり、
そばにあった三本足の鼎(かなえ、三本脚の儀式用の青銅器)を手に取り、頭にかぶったところ、
傍らなる足鼎を取りて、頭にかづきたれば、
きつかったが鼻を押しつぶして
つまるやうにするを、鼻を押し平めて、
顔をねじ込み、踊り出してみせると、
顔をさし入れて舞ひ出でたるに、
一同は、この上なく大喜びしました。
満座、興に入ることかぎりなし。
しばらく踊った後、抜こうとしても、全く抜けません。
しばしかなでて後、抜かんとするに、おほかた抜かれず。
宴会はすっかり興ざめしてしまい、「どうしようか」と途方に暮れました。
酒宴ことさめて、「いかがはせん」とまどひけり。
あれこれするうちに、首の周りはむけて血が流れ、
とかくすれば、頸のまはり欠けて血垂り、
ただただ腫れ上がって、息も詰まってきたので、
ただ腫れに腫れ満ちて、息もつまりければ、
たたき割ろうとしますが、簡単には割れません。
打ち割らんとすれど、たやすく割れず。
叩く音が頭に響いて耐えがたいので、それもできず、
響きて耐へがたかりければ、かなはで、
なす術もなく、三本足の角のような部分の上に着物をかぶせ、
すべきやうなくて、三足なる角の上に、帷子をうちかけて、
手を取り、杖をつかせながら、京都の医者のところへ連れて行きました。
手を引き、杖を突かせて、京なる医師のがり率て行きける。
途中、人々が怪しんで見ること、この上ありません。
道すがら、人の怪しみ見ることかぎりなし。
医者のもとへ入っていき、向かい合って座った様子は、
医師のもとにさし入りて、向ひ居たりけんありさま、
さぞかし異様だったことでしょう。
さこそ異様なりけめ。
何かを言っても、くぐもった声で響いて聞き取れません。
ものを言ふも、くぐもり声に響きて聞こえず。
「こんなことは医学書にもなく、伝え聞いた治療法もない」と言うので、
「かかることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」と言へば、
また仁和寺へ帰り、親しい者や、高齢の母親などが、
また仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、
枕元に寄り添って、泣き悲しみますが、
枕上に寄り居て、泣き悲しめども、
本人には聞こえているとも思えません。
聞くらんとも思えず。
こうしているうちに、ある者が言うことには、
かかるほどに、ある者の言ふやう、
「たとえ耳や鼻がちぎれても、
「たとひ、耳鼻こそ切れ失すとも、
命さえ助かればよいではないか。
命ばかりはなどか生きざらん。
とにかく力をこめて引き抜きなさい」と言って、
ただ力を立てて引き給へ」とて、
わらしべを周りに差し込み、金属が直接当たらないようにして、
藁のしべをまはりにさし入れて、金を隔てて、
首がちぎれんばかりに引いたところ、
頸もちぎるばかり引きたるに、
耳や鼻はちぎれ落ちてしまったが、抜けました。
耳鼻欠けうげながら抜けにけり。
かろうじて命は助かり、
からき命まうけて、
その後、長い間病に伏せっていたということです。
久しく病みゐたりけり。

📚古文全文
これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、おのおの遊ぶことありけるに、酔ひて、興に入るあまり、傍らなる足鼎を取りて、頭にかづきたれば、つまるやうにするを、鼻を押し平めて、顔をさし入れて舞ひ出でたるに、満座、興に入ることかぎりなし。
しばしかなでて後、抜かんとするに、おほかた抜かれず。酒宴ことさめて、「いかがはせん」とまどひけり。とかくすれば、頸のまはり欠けて血垂り、ただ腫れに腫れ満ちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず。
響きて耐へがたかりければ、かなはで、すべきやうなくて、三足なる角の上に、帷子をうちかけて、手を引き、杖を突かせて、京なる医師のがり率て行きける。道すがら、人の怪しみ見ることかぎりなし。
医師のもとにさし入りて、向ひ居たりけんありさま、さこそ異様なりけめ。ものを言ふも、くぐもり声に響きて聞こえず。「かかることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」と言へば、また仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上に寄り居て、泣き悲しめども、聞くらんとも思えず。
かかるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ、耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらん。ただ力を立てて引き給へ」とて、藁のしべをまはりにさし入れて、金を隔てて、頸もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠けうげながら抜けにけり。
からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。