真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
世は無常で、道長の法成寺も今は荒廃した。自分の死後のことまで計画を立てることの、いかに儚いかが身にしみる。

🌙現代語対訳
流れが変わりやすい飛鳥川の淵が浅瀬になるように、この世は常に移り変わるもので、
飛鳥川の淵瀬、常ならぬ世にしあれば、
時が過ぎ、物事は消え去り、喜びと悲しみが交互に訪れ、
時移り事去り、楽しび悲しび、行きかひて、
華やかだった場所も、人が住まない野原となり、
花やかなりしあたりも、人住まぬ野らとなり、
変わらない家も、住む人はすっかり入れ替わってしまいました。
変らぬ住処は、人改まりぬ。
桃や李の木は何も言わないので、誰と昔を語ればよいのでしょうか。
桃李、もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。
ましてや、見たこともない昔の立派だったろう場所の跡は、いっそう儚いものです。
まして、見ぬいにしへのやんごとなかりけん跡のみぞ、いとはかなき。
京極殿や法成寺などを見ると、その様変わりした有様はしみじみと悲しいものです。
京極殿・法成寺など見るこそ、志とどまり、こと変じにけるさまはあはれなれ。
御堂殿(道長)が寺を建立し、多くの荘園を寄進され、
御堂殿の作り磨かせ給ひて、荘園多く寄せられ、
「我が一族だけが、帝の後見人、世の要として、末永く栄える」と
「わが御族のみ、御門の御後見、世のかためにて、行く末まで」と
お考えになった時、これほど荒れ果てると想像されたでしょうか。
思し置きし時、いかならん世にも、かばかりあせはてんとは思してんや。
大門や金堂などは、最近までありましたが、正和年間に南門は焼け落ちました。
大門・金堂など、近くまでありしかど、正和のころ、南門は焼けぬ。
金堂はその後倒れたままで、再建されることもありません。
金堂はその後倒れ伏したるままにて、とり立つるわざもなし。
無量寿院だけが、その面影として残っています。
無量寿院ばかりぞ、その形とて残りたる。
丈六の仏像が九体、大変尊いお姿で並んでいらっしゃいます。
丈六の仏九体、いと貴くて、並びおはします。
藤原行成大納言の額、源兼行が描いた扉が、鮮やかに見えるのがしみじみと悲しく感じられます。
行成大納言の額、兼行が書ける扉、鮮やかに見ゆるぞあはれなる。
法華堂などもまだ残っているようですが、これもまたいつまであることでしょうか。
法華堂なども、いまだ侍るめり。これもまた、いつまでかあらん。
これほどの痕跡すらない場所は、自然と礎石だけが残ることもありますが、
かばかりの名残だになき所々は、おのづから礎ばかり残るもあれど、
もはやそこが何であったかをはっきりと知る人もいません。
さだかに知れる人もなし。
だからこそ、自分が見ることのない世のことまで考えて計画を残すことほど、
されば、よろづに見ざらん世までを思ひ置きてんこそ、
儚いことはないのです。
はかなかるべけれ。

📚古文全文
飛鳥川の淵瀬、常ならぬ世にしあれば、時移り事去り、楽しび悲しび、行きかひて、花やかなりしあたりも、人住まぬ野らとなり、変らぬ住処は、人改まりぬ。桃李、もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。まして、見ぬいにしへのやんごとなかりけん跡のみぞ、いとはかなき。
京極殿・法成寺など見るこそ、志とどまり、こと変じにけるさまはあはれなれ。御堂殿の作り磨かせ給ひて、荘園多く寄せられ、「わが御族のみ、御門の御後見、世のかためにて、行く末まで」と思し置きし時、いかならん世にも、かばかりあせはてんとは思してんや。
大門・金堂など、近くまでありしかど、正和のころ、南門は焼けぬ。金堂はその後倒れ伏したるままにて、とり立つるわざもなし。
無量寿院ばかりぞ、その形とて残りたる。丈六の仏九体、いと貴くて、並びおはします。行成大納言の額、兼行が書ける扉、鮮やかに見ゆるぞあはれなる。法華堂なども、いまだ侍るめり。これもまた、いつまでかあらん。
かばかりの名残だになき所々は、おのづから礎ばかり残るもあれど、さだかに知れる人もなし。
されば、よろづに見ざらん世までを思ひ置きてんこそ、はかなかるべけれ。