真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
月、花、風、水など自然の趣は心を慰める。特に人里離れた清らかな場所を歩くことほど、心慰められることはない。

🌙現代語対訳
何事につけても、月を眺めていると心は慰められるものです。
よろづのことは、月見るにこそ、慰むものなれ。
以前、ある人が「月ほど趣深いものはないだろう」と言ったところ、
ある人の、「月ばかりおもしろきものはあらじ」と言ひしに、
そばにいた別の人が「いや、露こそが一番しみじみと心に染みる」と
また一人、「露こそあはれなれ」と
言い争っていた様子は、面白い光景でした。
争ひしこそ、をかしけれ。
季節が巡ってくれば、
折にふれば、
どんなものでも趣深くないものなどあるでしょうか。
何かはあはれならざらん。
月や花が素晴らしいのは言うまでもありません。
月・花はさらなり。
まさに風こそ、人の心を強く動かすもののようです。
風のみこそ、人に心はつくめれ。
岩に砕け散りながら清らかに流れていく水の様子は、
岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、
季節を問わず、いつでも素晴らしいものです。
時をも分かずめでたけれ。
「(中国の)沅水と湘水の流れは、昼も夜も東へと流れ去っていく。
「沅・湘、日夜東に流れ去る。
悲しみに沈む人のために、ほんの少しの間も止まってはくれない」
愁人のために留とどまること、少時もせず」
という漢詩を見たときは、本当にしみじみとした気持ちになったものでした。
といへる詩を見侍りしこそ、あはれなりしか。
中国の賢人である嵇康(けいこう)も、「山や沢に出かけて、
嵇康も、「山沢に遊びて、
魚や鳥を眺めていると、心は自然と楽しくなる」と言っています。
魚鳥を見れば、心楽しぶ」と言へり。
やはり、人里離れた、水や草が清らかな場所を
人遠く、水草清き所に
気の向くままに歩き回ることほど、
さまよひ歩きたるばかり、
心が慰められることはないでしょう。
心慰むことはあらじ。
📚古文全文
よろづのことは、月見るにこそ、慰むものなれ。ある人の、「月ばかりおもしろきものはあらじ」と言ひしに、また一人、「露こそあはれなれ」と争ひしこそ、をかしけれ。
折にふれば、何かはあはれならざらん。月・花はさらなり。風のみこそ、人に心はつくめれ。岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、時をも分かずめでたけれ。「沅・湘、日夜東に流れ去る。愁人のために留まること、少時もせず」といへる詩を見侍りしこそ、あはれなりしか。
嵇康も、「山沢に遊びて、魚鳥を見れば、心楽しぶ」と言へり。人遠く、水草清き所にさまよひ歩きたるばかり、心慰むことはあらじ。