古文で読みたい

古典を読みたい人が、古典にアクセスするための本です

徒然草019|折節の移り変るこそ、ものごとにあはれなれ・・・

真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。

💭ポイント

季節の移ろいは趣深い。春の心浮き立つ気配、夏の生命力、風情あふれる秋、静寂な冬、そして年末年始の慌ただしさと改まった気持ちまで、それぞれの季節の魅力を、古典を引き合いに出しつつ語ります。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

🌙現代語対訳

季節が移り変わっていく様子というのは、何事につけても趣深いものです。

折節おりふしうつるこそ、ものごとにあはれなれ。

「ものの趣は秋が一番」と誰もが言うようですが、

もののあはれは、あきこそまされ」とひとごとにふめれど、

それもそうですが、今、とりわけ心が浮き立つのは、春の景色ではないでしょうか。

それもさるものにて、いま、ひときはこころつものは、はる気色けしきにこそあめれ。

鳥の声も格別に春らしくなり、

とりこゑなども、ことのほかにはるめきて、

のどかな日差しに、垣根の草が芽吹く頃から、

のどやかなる日影ひかげに、垣根かきねくさもえづるころより、

だんだんと春は深まり、霞がたなびきます。

ややはるふかく、かすわたりて、

桜の花もいよいよ咲きそうな気配を見せますが、

はなもやうやう気色けしきだつほどこそあれ、

ちょうどその見頃に、雨や風が続いて、慌ただしく散ってしまいます。

をりしも、雨風あめかぜうちつづきて、こころあはたたしくぎぬ。

すっかり青葉になるまで、桜は何かと人の心を悩ませるものですね。

青葉あおばになりゆくまで、よろづに、ただこころをのみぞなやます。

橘の花はその香りで有名ですが、やはり梅の香りの方が、

花橘はなたちばなにこそへれ。なほ、うめにほひにぞ、

昔のことがしきりに恋しく思い出されます。

いにしへのこともへりこひしうおもでらるる。

山吹の清らかな様子や、藤の花がどこか儚(はかな)げに咲いている姿など、

山吹やまぶききよげに、ふじのおぼつかなきさましたる、

どれも心惹かれるものばかりです。

すべて、おもてがたきことおおし。

「お釈迦様の誕生を祝う頃や、賀茂神社の祭りの頃、若葉が

灌仏くわんぶつのころ、まつりのころ、若葉わかばこずゑ

涼しげに茂っていく様子こそ、世の趣も

すずしげにしげりゆくほどこそ、のあはれも、

人恋しさも深まる」と、

ひとこひしさもまされ」と、

ある方がおっしゃったのは、本当にその通りです。

ひとおほせられしこそ、げにさるものなれ。

五月、軒先に菖蒲を飾る頃、田植えをする頃、

五月さつき菖蒲あやめふくころ、早苗さなへとるころ、

水鶏が戸を叩くような声で鳴くのなど、しみじみとした気持ちにならないでしょうか。

水鶏くひなたたくなど、心細こころぼそからぬかは。

六月頃、質素な家に夕顔の花が白く咲き、

六月みなづきのころ、あやしきいへ夕顔ゆうがおしろえて、

蚊除けがくすぶっているのも趣があります。六月の夏越の祓も、また格別です。

蚊遣火かやりびふすぶるもあはれなり。六月祓みなつきばらへ、またをかし。

七夕のお祭りは優雅で良いものです。

七夕たなばたまつるこそ、なまめかしけれ。

だんだんと夜が涼しくなり、雁が鳴きながら渡ってきて、

やうやう夜寒よさむになるほど、かりきてるころ、

萩の下の葉が色づき、早世種の稲を刈って干すなど、

はぎ下葉したばいろづくほど、早稲田わさだすなど、

趣深いものを集めると、秋が一番多いかもしれません。

あつめたることは、あきのみぞおおかる。

台風が過ぎ去った翌朝も、また格別に美しいものです。

また、野分のわきあしたこそ、をかしけれ。

書き連ねると、どれも

つづくれば、みな

源氏物語』や『枕草子』で言い古されたことですが、

源氏物語げんじものがたり』・『枕草子まくらのそうし』などに、ことふりにたれど、

同じことだからと今さら言うまいとは思いません。

おなじこと、またいまさらにはじとにもあらず。

思ったことを言わないのは気持ちが悪いものですから、

おぼしきことはぬは、はらふくるるわざなれば、

筆に任せたままの、つまらない気晴らしで、

ふでにまかせつつ、あぢきなきすさびにて、

破り捨てるべきものなので、人様に見せるものではありません。

かつつべきものなれば、ひとるべきにもあらず。

さて、冬枯れの景色も、

さて、冬枯ふゆがれの気色けしきこそ、

秋の趣に決して劣るものではありません。

あきにはをさをさおとるまじけれ。

水際の草に紅葉が散りかかり、真っ白な霜が降りた朝。

みぎはくさ紅葉もみぢりとどまりて、しもいとしろうおけるあした

小川から霧が立ち上っている様子は、趣深いものです。

遣水やりみづよりけぶりつこそ、をかしけれ。

すっかり年の瀬になり、誰もが慌ただしく行き交う頃は、

としれはてて、ひとごとにいそぎあへるころぞ、

また他にはない趣があります。

またなくあはれなる。

殺風景で、見る人もいない

すさまじきものにして、ひともなき、

月が寒々と澄み渡っている二十日過ぎの夜空に様子は、

つきさむけくめる二十日はつかあまりのそらこそ、

心細い気持ちになるものです。

心細こころぼそきものなれ。

宮中の法要や伊勢神宮への勅使の出立なども、厳かで尊いものです。

御仏名ごぶつみょう荷前のさき使つかひつなどぞ、あはれにやんごとなき。

年末の公務が立て込み、新年の準備と重なって

公事くじどもしげく、はるいそぎにとりかさねて、

執り行われる様子は、感慨深いものがあります。

もよほおこなはるるさまぞ、いみじきや。

晦日の鬼払いから元旦の四方拝へと儀式が続くのも面白いものです。

追儺ついなより、四方拝しほうはいつづくこそ、面白おもしろけれ。

晦日の夜、真っ暗な中を人々が松明を灯して、

晦日つごもりよる、いたうくらきに、まつどもともして、

真夜中を過ぎるまで家々の門を叩いて走り回り、

夜半よなかぐるまで、ひとかどたたはしりありきて、

何事だろうか、大声で騒いで、足元も定かでなかったのだが、夜明け頃には、不思議と静かになったことで、

なにごとにかあらん、ことことしくののしりて、あしそらにまどふが、あかつきがたより、さすがにおとなくなりぬるこそ、

過ぎゆく年への名残惜しさで、心細い気持ちにさせられます。

とし名残なごり心細こころぼそけれ。

「大晦日は亡き人の魂が帰ってくる夜だ」としてお祀りする風習が、

ひと」とて、たままつるわざは、

最近都ではなくなったのを、東国では

このごろみやこにはなきを、あづまかたには、

まだ行っていると聞いたのは、心打たれる話でした。

なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。

こうして明けていく元旦の空は、昨日と変わらぬように見えても、

かくてけゆくそら気色けしき昨日きのふかはりたりとはえねど、

すっかり改まった新鮮な気持ちがします。

ひきかへめづらしき心地ここちぞする。

大通りには門松がずらりと並び、

大路おほぢのさま、まつてわたして、

華やかで喜びに満ちている様子もまた、趣深いものです。

はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

徒然草絵抄』(小泉吉永所蔵) 出典: 国書データベース

📚古文全文

折節おりふしうつるこそ、ものごとにあはれなれ。
「もの「もののあはれは、あきこそまされ」とひとごとにふめれど、それもさるものにて、いま、ひときはこころつものは、はる気色けしきにこそあめれ。とりこゑなども、ことのほかにはるめきて、のどやかなる日影ひかげに、垣根かきねくさもえづるころより、ややはる深く、かすわたりて、はなもやうやう気色けしきだつほどこそあれ、をりしも、雨風あめかぜうちつづきて、こころあはたたしくぎぬ。青葉あおばになりゆくまで、よろづに、ただこころをのみぞなやます。
花橘はなたちばなにこそへれ。なほ、うめにほひにぞ、いにしへのこともへりこひしうおもでらるる。山吹やまぶききよげに、ふじのおぼつかなきさましたる、すべて、おもてがたきことおおし。
灌仏くわんぶつのころ、まつりのころ、若葉わかばこずゑすずしげにしげりゆくほどこそ、のあはれも、ひとこひしさもまされ」と、ひとおほせられしこそ、げにさるものなれ。
五月さつき菖蒲あやめふくころ、早苗さなへとるころ、水鶏くひなたたくなど、心細こころぼそからぬかは。
六月みなづきのころ、あやしきいへ夕顔ゆうがおしろえて、蚊遣火かやりびふすぶるもあはれなり。六月祓みなつきばらへ、またをかし。
七夕たなばたまつるこそ、なまめかしけれ。やうやう夜寒よさむになるほど、かりきてるころ、はぎ下葉したばいろづくほど、早稲田わさだすなど、あつめたることは、あきのみぞおおかる。また、野分のわきあしたこそ、をかしけれ。
つづくれば、みな『源氏物語げんじものがたり』・『枕草子まくらのそうし』などに、ことふりにたれど、おなじこと、またいまさらにはじとにもあらず。おぼおぼしきことはぬは、はらふくるるわざなれば、ふでにまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつつべきものなれば、ひとるべきにもあらず。
さて、冬枯ふゆがれの気色けしきこそ、あきにはをさをさおとるまじけれ。みぎはくさ紅葉もみぢりとどまりて、しもいとしろうおけるあした遣水やりみづよりけぶりつこそ、をかしけれ。
としれはてて、ひとごとにいそぎあへるころぞ、またなくあはれなる。すさまじきものにして、ひともなき、つきさむけくめる二十日はつかあまりのそらこそ、心細こころぼそきものなれ。御仏名ごぶつみょう荷前のさき使つかひつなどぞ、あはれにやんごとなき。公事くじどもしげく、はるいそぎにとりかさねて、もよほおこなはるるさまぞ、いみじきや。
追儺ついなより、四方拝しほうはいつづくこそ、面白おもしろけれ。晦日つごもりよる、いたうくらきに、まつどもともして、夜半よなかぐるまで、ひとかどたたはしりありきて、なにごとにかあらん、ことことしくののしりて、あしそらにまどふが、あかつきがたより、さすがにおとなくなりぬるこそ、とし名残なごり心細こころぼそけれ。「ひと」とて、たままつるわざは、このごろみやこにはなきを、あづまかたには、なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。
かくてけゆくそら気色けしき昨日きのふかはりたりとはえねど、ひきかへめづらしき心地ここちぞする。大路おほぢのさま、まつてわたして、はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。