真の古典の魅力は、作者が紡いだ原文の中にこそ息づいています。「古文で読みたい徒然草シリーズ」で、現代語と古文を併読することで、古の言葉が今なお放つ光を確かめてください。
💭ポイント
和歌は格別に趣深い。特に昔の歌は言葉の外に情景が浮かぶが、今の歌にはその深みがない。同じ言葉を使っても、昔の歌は別格だと賞賛しています。

🌙現代語対訳
和歌というものは、やはり格別に趣深いものです。
和歌こそ、なほをかしきものなれ。
身分の低い者や山奥で暮らす人の素朴な行いも、
あやしのしづ・山がつのしわざも、
和歌として表現すれば、味わい深いものになります。
言ひ出でつれば、おもしろく、
恐ろしい猪でさえ、
怖しき猪も、
「猪が伏している寝床」と歌に詠めば、優雅な響きになるのです。
「臥す猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。
それに比べて、最近の歌は、
このごろの歌は、
一部分だけを巧みに詠んでいるように見える歌はありますが、
一節をかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、
昔の歌のように、言葉の表面的な意味を超えて、
古き歌どものやうに、いかにぞや、言葉の外に、
しみじみとした情景や感情が心に浮かんでくるような歌はありません。
あはれに気色思ゆるはなし。
紀貫之が詠んだ「人の心は…糸で結べるようなものではないのに…」という歌は、
貫之が、「糸によるものならなくに」と言へるは、
『古今和歌集』の中では出来の悪い歌だと伝えられていますが、
古今集の中の歌屑とかや言ひ伝へたれど、
とても今の時代の人が詠めるような歌には見えません。
今の世の人の詠みぬべきことがらとは見えず。
当時の歌には、この歌と同じような雰囲気や言葉遣いのものがたくさんあるのに、
その世の歌には、姿・言葉、このたぐひのみ多し。
なぜこの歌だけが特別に駄作だと取り沙汰されるのか、理解できません。
この歌にかぎりて、かく言ひ立てられたるも知りがたし。
『源氏物語』の中にも、この歌は「たいした歌ではない」と書かれています。
源氏物語には、「物とはなしに」とぞ書ける。
『新古今和歌集』の時代になると、
新古今には、
「残る松さえも峰に寂しげに見える」という歌が(駄作だと)言われるのは、
「残る松さへ峰にさびしき」と言へる歌をぞ言ふなるは、
なるほど、たしかに少し締まりがないように見えるからでしょうか。
まことに、少しくだけたる姿にもや見ゆらん。
しかし、この歌も歌合わせの席では高く評価され、
されど、この歌も、衆議判の時、よろしきよし沙汰ありて、
後日、上皇様が格別に感心したおっしゃられたと、
後にも、ことさらに感じ仰せ下されけるよし、
側近であった源家長の日記には書かれています。
家長が日記には書けり。
和歌の道だけは昔から変わらないなどと
歌の道のみ、いにしへに変らぬなど
言う人もいますが、果たして本当にそうでしょうか。
言ふこともあれど、いさや、
今の歌人も使う同じ言葉や歌枕を使っていたとしても、
今も詠みあへる同じ詞・歌枕も、
昔の人が詠んだ歌は、まったく別物に感じられます。
昔の人の詠めるは、さらに同じものにあらず。
言葉は平易で素直なのに、歌全体の姿は清らかで、趣も深く感じられるのです。
易く、素直にして、姿も清げに、あはれも深く見ゆ。
『梁塵秘抄』という歌謡集にある歌の言葉なども、
また心に染みるものが本当に多いものです。
また、あはれなることは多かめれ。
昔の人は、ただ何気なく言い捨てたような言葉でさえも、
昔の人は、ただいかに言ひ捨てたることぐさも、
すべてがこれほど素晴らしく聞こえるのは、一体どうしてなのでしょうか。
みないみじく聞こゆるにや。

📚古文全文
和歌こそ、なほをかしきものなれ。
あやしのしづ・山がつのしわざも、言ひ出でつれば、おもしろく、怖しき猪も、「臥す猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。
このごろの歌は、一節をかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、古き歌どものやうに、いかにぞや、言葉の外に、あはれに気色思ゆるはなし。
貫之が、「糸によるものならなくに」と言へるは、古今集の中の歌屑とかや言ひ伝へたれど、今の世の人の詠みぬべきことがらとは見えず。その世の歌には、姿・言葉、このたぐひのみ多し。この歌にかぎりて、かく言ひ立てられたるも知りがたし。
源氏物語には、「物とはなしに」とぞ書ける。新古今には、「残る松さへ峰にさびしき」と言へる歌をぞ言ふなるは、まことに、少しくだけたる姿にもや見ゆらん。
されど、この歌も、衆議判の時、よろしきよし沙汰ありて、後にも、ことさらに感じ仰せ下されけるよし、家長が日記には書けり。
歌の道のみ、いにしへに変らぬなど言ふこともあれど、いさや、今も詠みあへる同じ詞・歌枕も、昔の人の詠めるは、さらに同じものにあらず。易く、素直にして、姿も清げに、あはれも深く見ゆ。
梁塵秘抄の郢曲の言葉こそ、また、あはれなることは多かめれ。昔の人は、ただいかに言ひ捨てたることぐさも、みないみじく聞こゆるにや。